介護現場でも必要なコーチングとは?重要性や高め方を解説
介護業界は、慢性的な人員不足と高い離職率に悩まされています。その原因として、人間関係のトラブルや、やりがいを感じられないということが挙げられます。
介護事業所には管理者を置くことが義務付けられていますが、悩みを抱えているスタッフの話を上手に聞いたうえで解決に結び付けたり、それぞれのスタッフが目標を持ちながら仕事ができるようにしたりなど、必要なサポートができておらず、管理者として人材育成の役割を果たせていないこともあるようです。
これらの問題を解決する方法として、コーチングをお勧めします。コーチングは、それぞれのスタッフが自分自身の考えを整理し、自己覚知をすることにより自分自身で問題を解決する力を引き出す手法です。コーチングの活用により、スタッフ一人ひとりが自己成長し、職場環境の良い事業所が増えることで、人員不足や離職率の低減につながる可能性があります。
以下に、介護業界におけるコーチングの導入とその効果について詳しく解説します。コーチングという新たな手法を用いることで、今抱えている課題の解決策が見つかるきっかけになるかもしれません。
コーチングとは
コーチングの語源は「馬車」で、馬車は目的地に送り届ける役割をします。すなわち、目標が達成できるようにサポートするという意味合いで、人材育成や教育、スポーツなど様々な分野で活用されています。
コーチングは、相手との対話を通してありたい姿や目標を明らかにし、そこに達するためにどのような行動をするかを引き出すサポートを行います。すなわち、解決策をレクチャーするのではなく、自分で考え自発的に行動できるように促します。
自ら主体的に行動してもらうことで、自己成長につながる効果が期待でき「その人の特性や強みを最大限活かし、自分自身で考え、課題解決・目標達成できるようサポートする」ためのコミュニケーションの技法と言えます。
一方、経験豊富な人が、経験の浅いスタッフに対して知識やノウハウを教える指導の手法はティーチングと呼びます。ティーチングにおけるコミュニケーションでは、指導する立場の人から指導を受ける人へやり方を教えるという形となり、言われたことをそのまま実行することが求められます。
コーチングとティーチングは、それぞれの目的があるため、状況や場面に応じて適切に使い分けをすることが重要です。
介護現場でなぜコーチングが求められるのか
医療や介護の仕事は、自分の感情を抑えることで賃金を得る労働である感情労働と呼ばれます。利用者やご家族等に対して、感情の抑制や緊張、忍耐力などが必要とされる介護の仕事は、自分の感情をコントロールし、相手に応じた適切な言葉や態度を求められるため、精神的な負担が大きくストレスが蓄積しやすい特徴があります。
ストレスの蓄積が長期間続いている状態では、仕事のパフォーマンスが上がらず、仕事でのミスも起こりやすくなります。そのような状況の中、上司から叱責されたり、指示されたり、命令されたりすると、どのような気持ちになるでしょうか。自分は何をすればよいか分からず、仕事のやりがいややる気をなくし、パフォーマンスはさらに低下することでしょう。個人の価値観が多様化している中、従来通りの「指示・命令型」の指導は機能しなくなっているばかりか、それがスタッフの離職の原因になることも少なくありません。
介護の現場では、新人であってもサービスを利用している方に対して、先輩方と同じようなサービスの質が求められることも少なくありません。また、日頃から十分な指導を行うことが困難であるという問題を抱えている現場もあります。そのような場合には、コーチングを用いて相手を勇気づけ、気付きを引き出し、自らが必要な行動を認知・実践できるようなサポートをすることで、スタッフに寄り添い伴走することが望まれます。
また、そのプロセスの過程で多くの学びを感じ、気持ちが前向きに変化することで、スタッフの自主性をさらに引き出し、離職率の低下やチームワークの向上を図ることが期待できます。このようにやりがいを感じながら生き生きと働いてもらうことで、利用者に対するケアの質や対人援助技術の向上が図れることは、利用者の満足度アップにもつながると考えられます。
効果的なコーチングの条件
コーチングは、相手の成長と自己実現を促進するための手法です。長期にわたって持続可能なサポートを可能にするためには、コーチが相手に信頼されている必要があります。
お互いを信頼し合えるような誠実なコミュニケーション、共感、プライバシーの尊重など、信頼関係の構築が必要となります。そのため、コーチングプロセスを効果的かつ倫理的に実施するにあたり、コーチは以下のような要素を持ち合わせている必要があります。
コーチの自己基盤が確立している
自己基盤とは、自分自身の基礎の部分のことです。自分自身をよく理解し、自分を肯定的にとらえていること。そして、それを相手に開示できることが前提条件になります。自分のことを理解していない、信じていないコーチが相手のことを肯定的に捉えられるはずがありません。
また、相手はそのような人物に対して信頼し、心を開いて話をしてくれることはないでしょう。コーチは人として誠実で相手の課題から逃げずにいること、そして自らも新たな行動へのチャレンジに自信をもって取り組む姿勢を示していることが必要です。他者の価値観を尊重しながらも、フラットな気持ちで物事を俯瞰的に見る姿勢が求められます。
コーチングマインド
コーチは100%相手の味方であり、常に応援する姿勢を見せなければなりません。相手の可能性や抱えている課題を解決し、目標を達成できる力が相手にはあると信じます。
職場であっても上司部下の関係性を前面に出すのではなく、最大のパートナーとして共に目標達成を目指す必要があります。相手の意思や主体性を尊重し、敬意を払って可能性を信じる気持ちを持ち続けることが大切です。
信頼関係
コーチングを行ううえで、相手との信頼関係を築くことは不可欠です。コーチングの効果を発揮するには、相手に本音で話してもらい、思っていることや気持ちを素直に表出してもらわなければなりません。安心して話ができる環境をつくり、相手が考えている「なりたい自分」に対して関心を示しましょう。
また、あまり人に知られたくないことを聞くこともあります。コーチングの際に聞いたことは決して他人に話さないこと、約束したことは必ず守ることなどで、信頼関係を強固なものにしていく必要があります。
コーチングに求められるスキル
コーチングは相手の成長と自己発言を促進し、効果的なコミュニケーションを築くプロセスです。コーチングスキルを磨くことで、相手の成長と目標を達成に導くことが可能になります。
コーチングで相手のニーズや目標に合った戦略を見つける手助けをするためには、以下のようなスキルが必要となります。
認める
コーチングのスキルの中に「認める」というスキルがあります。相手の努力や、行動の良い面・悪い面をしっかりと受け止めて、信頼関係を築きます。この際、必ず良くなると信じて接することが重要です。人は、自分を信頼してくれる相手に対して信頼感を抱きます。部下のことを認める姿勢を大切にすることで、良好な人間関係や職場環境を作ることが可能になります。
認めるスキルを使うときは、相手の成果や努力について具体的な言葉で認めることが重要です。抽象的な言葉を選ばず、具体的に事実や行動に焦点を当てましょう。 そして形式的に認めるのではなく、 感情を込め相手の努力に対して尊敬と共感の態度を示しましょう。ただし、過度に認めるとわざとらしく捉えられ、信頼性を損なうことがあるため注意が必要です。
また、職場では特定の人だけを認めることは、不公平さを生む可能性があります。すべての職員に対して、均等に認めるスキルを使うようにしましょう。
認めるスキルを上手に使うことで信頼関係を強化し、相手のモチベーションや自己評価を向上させる助けになります。 バランスと誠実さ、感情を込めた具体的な認め方を行うようにしましょう。
傾聴
傾聴はコーチングにおいて最も重要なスキルの一つ。傾聴は相手の言葉をただ聞くだけでなく相手が話す内容に対して全面的な注意を向け、相手の視点や感情を理解しようとするコミュニケーションスキルです。
発せられる言葉を聞くだけでなく、言葉の奥に隠された情報や意図を捉えることも重要であり、言葉だけでなくジェスチャーや表情、声のトーンなどの非言語的コミュニケーションにも留意しましょう。
傾聴することで、相手が自分の思考や感情を理解してくれていると感じ、信頼感が高まります。 また、傾聴を通じて相手の立場や視点に気づき、それが深い洞察につながるため、双方のコミュニケーションの効果を高めます。
傾聴のスキルを用いるときのポイントとして、アクティブリスニングの姿勢が大事になります。アクティブリスニングとは、言葉に集中し相手の話を真剣に聞くことです。時々、話の内容を要約し理解していることを示しながら、認識の違いがないかを確認することが必要となります。
傾聴のスキルでは、自分の意見を述べることは避けるようにしましょう。 相手に話をしてもらうことに注力し、自分が口を挟むことは最小限に留めるようにします。
質問
質問は、相手の情報を引き出し、自分自身で解決策を見つけられるようにサポートするための、コミュニケーションスキルです。 質問には、クローズドクエスチョンまたはオープンクエスチョンがあり、目的や相手のニーズに応じて使い分けをします。
クローズドクエスチョンは「はい」「いいえ」の2択で答えられる質問のこと。一方で、オープンクエスチョンは5W1Hを用いた質問のことで、回答に広がりを持たせることができます。
コーチングで相手の考えや感情を深堀りするためには、主にオープンクエスチョンを用います。 例えば、「うれしかったですか」ではなく「どのように感じましたか?」などと聞くことで、相手はその時の感情を自分の言葉で表すことが可能になります。
質問のスキルでは、自分の聞きたいことを聞くのではなく、相手が話したいことを質問することが重要です。発言された内容の理解をさらに深めるために、追加の質問をしていきます。例えば、「それは具体的にはどういうことですか?」などです。
質問のスキルでは、次々に質問し、尋問にならないように留意しなければなりません。相手が自分の考えや感情をさらに深掘りできるようにするためには、相手の発言に関連した質問を使いながら、その答えを通じて共感し、その後に適切なフィードバックを提供しましょう。適切な質問は、相手の成長や自己覚知につながり、仕事のパフォーマンスやスキルの向上にも役立ちます。
評価(承認)
コーチングにおいて、評価のスキルは相手の成長とするべきことの進捗を確認するために、極めて重要なものです。自分で立てた目標の達成度やスキルの向上の度合いを把握、評価していきます。評価では、相手ができている部分と課題のある部分を特定し、具体的なフィードバックを提供することで改善の機会を与えます。
評価は、目標の妥当性や達成の可能性を確認し、必要に応じて修正するのに役立ちます。相手のニーズや考え方の変化に対して、目標を調整することが重要です。
また、目標は明確で具体的な内容とし、評価基準を明示しておくことも大切です。具体的な数値や実績、行動の変化などを追跡し、上司からの一方的な評価を行うのではなく、相手も評価のプロセスに参加させることで、自己の成長と目標達成に対する見解を共有するようにしましょう。
また、評価を行う時は誠実で事実に基づいた対話を心掛けなければなりません。威圧的、感情的にならないように注意し、成長の機会であることを認識しながら、相手の感情の変化に目を向けていきましょう。
コーチングの効果がみられた事例①
病院で医事課に勤務している主任のAさんは、日頃より上司が全く仕事をしていないと不平不満をこぼしていました。医事課の他の職員も日常の業務に追われ、患者さんとの会話も冷たいと感じられることが多く、不満を訴える意見が多くみられました。
そこで、コーチングを取り入れ継続的なサポートが開始されました。初回の面談では、上司である課長が仕事を手伝わない、事務長も人を増やしてほしいと言っているが動いてくれない等、課題が上司にあることを繰り返し訴えていました。
コーチはAさんの話を聞きながら、Aさんの視点が他者に向いていることを気づかせるために、「自分自身にできることはないか」と質問しました。すると、Aさんはハッとした表情になり、「今はすぐに何ができるかわからない」と答えました。質問をしながら彼の気持ちの中になるものを引き出しながら対話をしましたが、具体策が出てくることはありませんでした。
コーチは焦って答えを出させるのではなく、次回の面談までにゆっくり考えてほしいとリクエストしました。すると、次の面談までに自分が出来そうな具体策を伝えてきてくれました。
これまで自分の思い通りにならないことを上司などの他責にしていたAさんが、「自分ができることは何か」と自分にフォーカスして考えることで、状況を変えられるのではと感じたのです。
結果として、次の面談以降はAさんから他責にする発言が全くなくなりました。また、仕事の取り組み方も変わったことで職場の雰囲気もよくなり、主任の立場としての頑張りを上司や部下、患者さんから認められるようになりました。
コーチングの効果がみられた事例②
介護施設でリーダーとして働くBさんは、職場のスタッフに自分から積極的な声掛けができないでいました。入居者から「ここのスタッフは気が利かない」などの苦情を訴えられることがありましたが、それを当該スタッフや他のスタッフに対して共有することもできず、改善が見られない状態です。
そこで、コーチングを取り入れることにしました。Bさんの仕事は丁寧で入居者からの評判も良いのですが、そのスキルを人に伝えることは苦手であること、しかし、このままではよくないと感じていることなど自分の気持ちを整理し、目指すべき姿を明確にしました。
Bさんが自分の苦手としていることに気づいたことで、どのような方法であれば必要な事項をスタッフに伝えることができるのかを考えられたと言います。交代勤務でゆっくり話をする機会が持てないため、コミュニケーションノートを活用し苦情や指導的事項だけでなく、日頃の伝達事項を書くことで、直接会話をしなくても伝える手段を用いることにしました。
結果として、コミュニケーションノートに記載するだけでなく、これまで消極的であった直接スキルを伝達する行動も少しずつ見られ始め、入居者からもスタッフのことをほめられることが増えました。また、上長からは、リーダーとしての役割を果たせるようになったと高い評価をされることになり、Bさんのやる気も上向きになりました。
コーチングを正しく学ぶためには研修が効果的
コーチングにおいて、コーチは自己啓発を継続し、最新のコーチングスキルやアプローチについて学び続ける必要があります。書籍等を参考にコーチングを行おうとしても良い結果につながらないばかりか、相手の可能性を引き出せず、関係性が悪化することにもなりかねません。
あなたがコーチングを実施し良いコーチになるためには、コーチングの原則やスキルを学ぶために研修やセミナーに参加し、学びを深めることが不可欠です。
ツクイスタッフでは、介護現場に特化したコーチングスキルに関する研修を行っております。コーチングとは何か、その基本スキルや傾聴・承認・質問スキルを学びます。また、ロールプレイや実践演習を通じて、コーチングの実践的なスキルを磨くことができます。
法人のご要望や受講者数・研修時間によってプログラムのカスタマイズが可能ですので、介護現場でコーチングの研修をお考えの方は、是非お問い合わせください。
まとめ
コーチングは目標達成をサポートして相手が自己成長するための手法であり、さまざまな分野で活用されています。これまでよく見られていた指導型とは異なり、自己発見を促すアプローチとして介護現場でも有効な手段です。
介護業界では感情労働が求められ、ストレスが蓄積しやすい環境です。 コーチングによるスタッフの支援によって、ストレスの軽減やモチベーションの向上を図り、働きやすい職場環境の整備や利用者へのケアの向上につなげましょう。