令和6年度から全介護施設で高齢者虐待防止の推進が義務化!概要や取り組み方について解説
令和6年度から、介護サービス事業所では高齢者虐待防止の推進に関する新たな基準の経過措置が終わり、いよいよ完全に義務化されます。
その具体的な内容と事業所に求められる対応、またその際に注意すべきことについて詳しく解説します。
高齢者虐待防止の推進に関する義務化の背景
元々令和3年度の介護報酬改定のポイントのひとつとして、「高齢者虐待防止の推進」が挙げられていました。令和6年度までの3年間を経過措置としており、全介護サービス事業所が虐待防止に向けた取り組みを実施していかなければなりません。
義務化される高齢者虐待防止の新基準の背景には、日本における高齢者虐待の増加が挙げられます。
厚生労働省の調査によると、2021年度の介護施設職員による高齢者虐待と判断された件数は739件で、虐待を受けた高齢者は1,366人でした。また、相談・通報件数も2,390件で過去最多となりました。
虐待があったのは特別養護老人ホーム(30.9%)、有料老人ホーム(29.5%)、認知症グループホーム(13.5%)の順に多く、虐待した職員965人の8割が介護職でした。
虐待の内容としては「身体的虐待(51.5%)」「心理的虐待(38.1%)」「介護放棄(23.9%)」の順に多く、全体の24.3%で身体拘束もありました。
虐待理由の上位は「教育・知識・介護技術の問題」「虐待を助長する組織風土」「職員のストレス」となっています。
一方、相談・通報者は2,713人で、施設職員(29.8%)、管理者(16.3%、)、家族・親族(13.2%)の順に多くなっています。
出典:厚生労働省「令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(添付資料)」
高齢者虐待防止の推進に関する義務化の内容
今回、具体的に義務化される虐待防止の取り組みは、以下の内容になります。
- 虐待の発生又はその再発を防止するための委員会の開催(定期的に開催)
- 高齢者虐待防止に関する指針の整備
- 高齢者虐待防止に関する研修の実施(年2回)
- 虐待防止に関する担当者の選任
また、運営基準については以下の内容が加えられました。
1 基本方針
入所者・利用者の人権の擁護、虐待の防止等のため、必要な体制の整備を行うとともに、その従業者に対し、研修を実施する等の措置を講じなければならない旨を規定。
2 運営規程
運営規程に定めておかなければならない事項として、「虐待の防止のための措置に関する事項」を追加。
3 虐待の防止
虐待の発生又はその再発を防止するため、以下の措置を講じなければならない旨を規定。
引用:厚生労働省「その他【高齢者虐待の防止、送迎】(改定の方向性)」
- 虐待の防止のための対策を検討する委員会(テレビ電話装置等の活用可能)を定期的に開催するとともに、その結果について、従業者に周知徹底を図ること
- 虐待の防止のための指針を整備すること
- 従業者に対し、虐待の防止のための研修を定期的に実施すること
- 上記措置を適切に実施するための担当者を置くこと
これらは運営基準に追加された項目になりますので、この内容を実施できていなければ、介護報酬を減らす措置も取られることになっています。
令和6年度に義務化される内容と取組み
新たな義務に対して必要な取り組みは以下の通りです。
①定期的な委員会の開催
高齢者虐待防止に関する委員会を定期的に実施することが必要です。
委員会では、虐待の有無を確認するだけでなく、「日頃のケアの中で虐待につながる不適切なケアが行われていないか」「ご利用者の対応について疑問に思うことはないか」など、日々関わっているスタッフの意見を持ち寄ることで、虐待を未然に防ぐことができます。
また、新人スタッフが悪気なく虐待につながるケアを行なってしまっていたり、先輩スタッフのケア内容に疑問を持っていても相談できずモヤモヤしているケースもあります。定期的に委員会を開催することで、これらの事象に対しても早期に対処することができ、安心して働くことができる環境の構築にもつながります。
②高齢者虐待防止に関する指針の整備
高齢者虐待防止に関する指針を事業所や法人ごとに整備し、職員が理解しやすい形で情報を提供することが必要になります。
この指針に含まなければならない内容は、以下のとおりです。
引用:厚生労働省「介護保険法施行規則第140条の63の6 第1号に規定する厚生労働大臣が定める 基準について」
- 施設における虐待防止に関する基本的考え方
- 虐待防止検討委員会その他施設内の組織に関する事項
- 虐待防止のための職員研修に関する基本方針
- 虐待等が発生した場合の対応方法に関する基本方針
- 虐待等が発生した場合の相談・報告体制に関する事項
- 成年後見制度の利用支援に関する事項
- 虐待等に係る苦情解決方法に関する事項
- 入所者等に対する当該指針の閲覧に関する事項
- その他虐待防止の推進のために必要な事項
これらの内容は身体拘束にも共通する内容であるため、事業所によっては「身体拘束及び高齢者虐待防止に関する指針」として、一体的に整備している事業所もあります。
③高齢者虐待防止に関する研修の実施
高齢者虐待防止に関する研修を年2回実施し、職員の知識と意識を高めることが必要です。
④虐待防止に関する担当者を選任
施設の虐待防止に関する取り組みを行う担当者を選任します。担当者を中心に研修内容を検討したり、虐待防止に関する周知を行うなど、実際に行う役割を明確にして行動に繋げることが重要です。
高齢者虐待防止推進の義務化に伴う具体的な工夫
今回の義務化に伴い、事業所は新たな準備や業務に取り組む必要があります。
元々実施していた事業所もあるかと思いますが、今まではあくまでも努力義務だったため、実施できていなくても運営違反ではありませんでした。しかし、令和6年度からは、実施できていなければ減算の対象となります。そのため、日々の業務で忙しい中ではありますが、具体的に実施していくための工夫が必要になってきます。
委員会の開催の工夫
委員会を開催するためには現場を運営する中で委員会の時間を設け、スタッフを集めて話し合う必要があります。
施設や事業所の規模、スタッフ数によりますが、なるべく多くの職種の代表者が集まり話し合うことが望ましいです。介護職のリーダー、看護師、介護支援専門員、管理職等が一斉に集まるためには、シフトを作成する前から委員会の予定を組み込む必要があるでしょう。
緊急やむを得ない場合の身体拘束を実施している事業所では、身体拘束適正化に関する委員会を開催する必要がある為、一体的に実施するということも一つの方法かと思います。
高齢者虐待防止に関する研修実施と工夫
研修を新たに開催するということは、今までそのような習慣がない事業所にとっては、講師を用意したり、シフト調整を考慮する等の多くの労力・配慮が必要となってきます。
これらの研修を実施する方法の一例として、定期的な職員会議を行なっている事業所であれば、その一部の時間を活用して虐待や身体拘束の研修の時間を設けたり、所属しているスタッフに講師をしてもらうなど、今まで行なっていた取り組みや在籍している人材をうまく活かしながら運用していくことも必要かもしれません。
また、同じく身体拘束防止に関する研修についても年2回必要なことから、「身体拘束及び虐待防止に関する研修」という形で、一体的に実施するのも良いでしょう。
もしくはeラーニング等の外部サービスを導入することも一つの手です。eラーニングであれば、一度にスタッフ全員を集めることが難しい事業形態であっても、スタッフ各自で視聴可能となります。
また、虐待防止や身体拘束防止のための研修だけでなく、認知症や感染症対策、権利擁護等、介護事業所が定期的に実施する必要がある法定研修の内容も網羅しているサービスもあるため、今回の義務化をきっかけに総合的に法定研修の対策をとることも可能です。
高齢者虐待防止の取り組みを行う上での注意点
今回の義務化に伴い、委員会や研修を行ううえで注意しなければならないことは、経営者と現場スタッフのすれ違いによる離職率の上昇やスタッフのモチベーション低下です。
義務化が必要だからといって無理やり制度を作って運用したり、発信の仕方を間違うことでスタッフの信頼を失ってしまったら、モチベーションの低下につながる可能性があります。
良くない発信の仕方の最たるものとして、虐待を疑われる事例を委員会や研修で取り扱った際に、原因としてスタッフのパーソナリティが悪いからと原因追及してしまうことです。
そうなると、虐待の事例を検討する際に委員会が犯人探しの場となり、犯人を探した暁にはそのスタッフを厳しく指導する、という流れになってしまいかねません。
パーソナリティに焦点を当てるようなアプローチに終始し、虐待と疑われる行為を行ったスタッフの気持ちや環境要因に目を向けず、執拗に責め立ててしまうことは、他の頑張っているスタッフ達にとっても逆効果になりかねません。
私のこれまでの経験では、虐待の要因がその人のパーソナリティで、悪意を持って虐待につながるケースは多くないように感じています。私自身も夜勤等で人員配置が少ない中で緊急度の高い対応が重なった時は気持ちのゆとりをなくし、利用者に対して言動が荒くなったりということを、恥ずかしながら体験しています。そして当時そのイライラやモヤモヤを周りには相談できなかったことも事実です。
なぜならば、「先輩達から性格について咎められてしまったらどうしよう」「他の人たちはイライラせずに接することができているから、自分だけが悪いのかもしれない」と思い、相談する勇気が出なかったのです。
しかし時が経ち、多くの人たちと会話をする中で、どんなに優しく優秀な介護職でも、忙しい現場ではイライラした経験を例外なく持っているということが分かりました。
介護現場では刻一刻と状況が変わったり、利用者の緊急対応や人手不足が重なることで、スタッフは気持ちのゆとりを無くしてしまいがちです。
もちろん虐待はあってはならないことです。しかし、頑張っているスタッフであればあるほど、時間に追われ利用者との理想の関わりができないという葛藤を抱えていたり、それを人に相談できないで悩んでいるということも多くあります。
イライラしない為のメソッドを安易に押し付けたり、犯人探しをしたりするのではなく、まずは一人一人のスタッフの気持ちに耳を傾け、気持ちを尊重し、イライラとどのように付き合っていけば良いのかを話し合ってみましょう。また、先輩達にもイライラした経験があり、それをどのように乗り越えてきたか等の対話ができる環境を作ることが、非常に重要であると考えます。
まとめ
令和3年度の介護報酬改定で示され、令和6年度には全介護サービス事業所義務化となる「高齢者虐待防止の推進」の実施時期がいよいよ迫ってきました。
実施できていない事業所にとっては労力や手間、人手不足等の問題で苦慮することも多いかと思います。しかし、今回の義務化をきっかけに虐待防止への本質的な取り組みを行うことは、働いているスタッフやご利用者、そのご家族へ課題解決の真摯な姿勢を見せることにつながり、サービスの質や職場の心理的安全性の向上、ひいては離職率の改善にもつながるチャンスにすることも可能です。
「高齢者虐待防止の推進」が、働いているスタッフ・利用者ともに安心した暮らしができる仕組みを、多くの事業所が作っていくきっかけになればと思います。
ツクイスタッフでは、介護現場に特化した研修を「動画研修・講師派遣型研修・オンライン研修」の3つのスタイルで総合的に提供しています。高齢者虐待に関する研修も対応しておりますので、ぜひお問合せください。
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