認知症の人に言ってはいけない言葉はある?接し方やポイントについて解説
認知症の人と接するうえで「どのようにコミュニケーションをとれば良いのか分からない」「認知症の人に言ってはいけない特定の言葉はあるのだろうか?」と考える方も多いのではないでしょうか。
実は、認知症ケアにおいてはこの考え方の発想そのものを見直すことが、問題解決の糸口となります。本記事では、認知症の方とのコミュニケーションで大切な要素である接し方や、本質的な考え方を解説します。
認知症の人に言ってはいけない言葉とは?
先日老人ホームで働くある介護スタッフから「認知症の人に言ってはいけない言葉ってありますか?」という相談をされました。
職場で認知症の方と接している時に、急に怒り出してしまったり、暴れてしまったりという経験があり、その理由として自分ではひどい言葉をかけた自覚はないけれど、何気なくかけてはいけない言葉をかけてしまったことが原因なのではないか?と思い、相談をしたとのことでした。
みなさんも身近に認知症の状態の方がいらっしゃる場合、認知症の方に言ってはいけない言葉を把握しておくことで、そのような事態を避けることができると思うかもしれません。
結論を言うと、「認知症の方にかけてはいけない言葉」は「あるといえばある」し、「ないといえばいない」といえます。というよりも、「認知症の人に言ってはいけない言葉とは?」という視点そのものを変えることが、実は根本的な問題解決につながります。
そもそも認知症とは?
よく誤解をされていることなのですが、認知症と言う病名はありません。認知症とは、様々な要因によって認知機能が低下している状態のことを指し、認知症になる原因疾患は80種類以上もあります。
例えば、脳が萎縮するアルツハイマー病という疾患を原因として日常生活に支障をきたしている状態のことを、アルツハイマー型認知症といいます。この場合、アルツハイマー病の特徴として海馬が萎縮していくわけですが、海馬は短期の記憶を保持しておく役割を持ちます。そこが損傷するわけですから、5分前、10分前の記憶を保持するという短期の記憶障害が起きます。
アルツハイマー型認知症の状態にある方が「5分前にご飯を食べた」という記憶を保持できていないことで、実際にはご飯を食べていたとしても「まだご飯を食べていない」と言うかもしれません。
しかし、機能的に短期の記憶を保持できていないわけですから、本人からすれば嘘ではなく事実を言っているわけです。決して努力が足りずに覚えていないわけではなく、そこの部位が損傷しているために短期の記憶を保持できないという障害特性なのです。
マニュアル的に「言ってはいけない言葉」はない
障害特性に対して「さっき食べたばかりでしょ!何度言ったらわかるのですか!」と感情的に怒るような言葉を投げかけることは、適切でしょうか?
身体的な障害に例えるならば、交通事故で両足を切断した方に対し、「なぜ自分の足で歩かないのですか?頑張って歩きなさい!」と言っているのと同じ感覚です。両足が機能的に使うことができない方に対して、このような言葉をかける方はいるでしょうか?その言葉はかけても良い言葉と言えるでしょうか?それともかけてはいけない言葉でしょうか?
人によるかもしれませんが、もし自分が両足を切断している状態であれば、そんなことを言われたら混乱するし、悲しくなるし、なぜこの人はこんな理不尽なことを言うのだろうか?と憤るかもしれません。また、何度も同じことを繰り返し言われれば、怒りは限界に達して暴れてしまうかもしれません。
そういう意味では、両足を切断している状態の方に対して「頑張って歩きなさい。」 は言ってはいけない言葉という風に言えなくもないですが、そのようなことを敢えて「言ってはいけない言葉」としてマニュアル的に覚えよう、という人は少ないのではないでしょうか?その方の気持ちに立ち、自分が言われたら傷つく言葉は言わない、という人間として当たり前の思いやりという感覚ではないでしょうか。
認知症の方にかけてはいけない言葉をマニュアルとして覚えるのではなく、まずは認知症という言葉に惑わされず、その方の原因疾患と困りごとを把握し、その上で相手の障害に配慮した言葉をかけるということが重要です。
もちろん、配慮したつもりが逆に傷つけてしまうということもあるかもしれません。しかしこれも人間関係なのですから、ある意味100%うまくいくということの方が不自然ではないでしょうか?
かける言葉によって認知症が悪化する?
そのように考えれば、特定の言葉をかけることによって認知症や症状が悪化する、というわけではないということが分かってもらえるかもしれません。
しかし「実際に声の掛け方によっては暴力行為の症状が出た。つまりこれは、かける言葉によって認知症が悪化したということではないですか?」と質問を受けたことがあります。これについても実際にあった例を出して考えてみます。
ある老人ホームで男性の利用者がいらっしゃいました。この方はお風呂のお誘いをしても拒否が続き暴れてしまうので、スタッフ3人がかりでお風呂に連れて行くという対応をしていました。Aさんは暴力行為の症状が顕著だと周りからは言われていましたが、本当にそうでしょうか?
Aさんの目線に立ってみると、まずアルツハイマー型認知症の特徴として、短期の記憶障害や見当識障害があります。「今自分は何をしていたのだっけ?」「ここはどこだっけ?」「近づいてくるあの人は誰だっけ?」と不安な気持ちの中にいるかもしれません。そんな中、慌ただしく近づいてきた人が「お風呂に行きましょう!」と声をかけてきたら、みなさんがAさんの立場だとしたらどのような反応をしますか?
私であれば戸惑います。不安な気持ちにいる状態で知らない人から言われた言葉が「お風呂に行きましょう」なのですから。しかも、戸惑っているときに腕をガシッと掴まれて「気持ちいいからお風呂行きましょう!」と言われても、そういう問題ではありませんよね?
恐怖で手を振り払うと、その手を振り払われた介護職が周りに声をかけ始めました。「Aさんの暴力症状が強いので、手伝ってください。」と。2~3人の大人が集まってきて、横から後ろから囲まれます。「せーの!」の掛け声で体を持ち上げようとされます。急にこんなことをされると誰でも怖く感じますし、介護職員たちから逃げようと必死でもがく気持ちも理解できます。
しかし、これらの一連の行為が、介護職からは「Aさんはお風呂の声掛けをすると認知症の暴力症状が悪化する」と言われてしまうのです。認知症になると訳がわからなくなるから暴れるということではなく、認知症の状態にあっても人格は正常だから暴れるのです。
認知症の方への接し方のポイント
繰り返しになりますが、認知症だと一括りにして、かけてはいけない言葉があるのではないか?という考えはぜひ捨ててください。あくまでもその方の症状や困りごとを理解し、その上で1人の人間として誠実に関わることで、相手は安心感を覚え、その安心感という感情の記憶はしっかり積み重なります。結果的に、たとえ認知症の状態の方であろうと、信頼関係は構築できます。
そういう意味では、言葉だけではなく接し方そのものが、信頼関係の構築にはとても大切になってくると言えるでしょう。
認知症の方が安心するコミュニケーションの取り方
介護現場でよく見る、認知症の状態の方に不安を与えてしまうコミュニケーションの取り方として、以下の3つが主に挙げられます。
- 相手の心の準備ができていないうちに話してかけ、驚かせてしまう
- 相手がまだ考えているのに次の質問を投げかけて、混乱させてしまう
- 相手の言葉に否定の言葉で返してしまい、不快な感情を抱かせてしまう
決して悪気があるわけではないと思うのですが、これらの行為によって相手の負の感情へとつながり、そこから耳を傾けてくれなくなってしまうということはよくあります。
上記のような失敗をしてしまわないよう、コミュニケーションをとる際は相手がどのような身体的特徴を持っており、それによってどのような困りごとや不安を抱いているのかを想像しましょう。そして、もし自分が逆の立場であったらどのような声の掛け方をして欲しいのか、して欲しくないのかを考えた上で行動に移したり、声をかけてみてほしいのです。
話しかける前に気づいてもらう
例えば声の掛け方の例として、まずは相手の視界に入ることで遠目から気づいてもらい、「近づいてくる」という心構えを持ってもらいましょう。
相手の不意を突いて声をかけることはついやってしまいがちですが、たったこれだけでも後から挽回できないくらい、相手を大きく動揺させてしまう行為になります。そもそも認知症に関係なく、反射神経が衰えていたり、視野が狭くなっている等の身体的な特徴がある高齢者も多くいらっしゃいます。となると、声をかける人からすれば、この角度からであれば見えているだろうと思う方向から近づいていっても、実は声をかけられる側としては、その角度では近づいてくること自体に気づけていない場合があります。
若い人で例えるならば、真後ろから急に声をかけられるような感覚に近いかも知れません。急に後ろから声をかけられたらどんな気持ちになるでしょうか?驚くことはもちろん、「なぜこの人はこんなことをするのか」と怒りの感情を抱く方もいらっしゃるのではないでしょうか?
それと同じようなことを、ただでさえ記憶障害や見当識障害で不安な心理状態にあり、物事の意味を理解する速度が低下しているかも知れない方に対して無造作に行う訳ですから、その方と信頼関係を構築するどころか、このような話しかけ方を毎回続けていることで、相手との信頼関係は崩れていきます。
この対策として、まずは近づく際に遠くから手を振るなどして気づいてもらうことで、少なくとも誰かが近づいてくるな、という心構えを相手にしてもらいましょう。もちろんそれだけで安心はできないですが、大きな不快感を与えることを防ぐ、という点で非常に大切な要素です。これは介護現場等で300人以上の認知症の状態にある方と接してきた筆者自身が、実体験として失敗もしつつ学んだことです。
レスポンスを急がない
また、会話する上で大切なことは、認知症の状態の方からレスポンスを急がないということです。
認知症の状態にある方は脳の老化や萎縮等により、若い人に比べて情報の処理速度が低下しています。それにも関わらず、投げかけた言葉に対して即座に答えが返ってこないと、多くの方が「この人は認知症だから意味を理解できていないんだ。だから問いかけに対して答えがないんだ。」と早とちりしてしまいます。、そして、相手は一生懸命に言われたことを理解し、考え、答えようとしているかも知れないのに、その努力を全て無に帰すように、質問を被せてしまうという事象が非常に多く起こります。
それこそ、複数の情報を同時に理解して処理することは非常に高度なことです。認知症の状態にありそれが難しい方にとっては大変混乱することであり、結果的にこのような「質問をか被せてくる」行為を無造作にしてくる相手に対して嫌悪感を抱く、ということが起こっても全くおかしくありません。
認知症の状態にある方とコミュニケーションをとる際は、相手は脳の部分的な損傷によってすぐに答えを返せない状態であることを認識し、答えやすい質問を一つずつ丁寧に行ったり、はっきりとした口調で穏やかに声をかける等、相手の状態を考慮し寄り添うようにしましょう。
認知症の方への症状別の対処法
何度も同じことを繰り返し聞く
夕飯を食べたばかりなのに、何度も「まだ食べていない」と訴えてこられたらどうすれば良いのでしょうか。
まず、これまでお伝えしたように、「○○をすれば正解だ」というマニュアル的な発想はなくしてください。もし不思議だと思う行動や言動があった場合は、目にみえる現象の奥に目を向けて、そのような発言になっている原因を考えてみてください。
例えば、同じことを何度も繰り返し言う背景には、短期の記憶障害というアルツハイマー病が原因になっているかもしれません。。10分前の記憶を保持しておくことが難しいため、10分前に夕食を食べた記憶そのものを保持しておらず、「夕飯を食べていない」という発言になっている可能性があります。だとすれば、その発言はその方にとっては事実ということになります。
このような発言があった場合には、まずはその言葉自体を受け止め、「夕飯を食べていないんですね。」とレスポンスしてみましょう。そうすることで、自分が言った訴えを受け止めてくれたという安心感に繋がります。
もしもそれを頭ごなしに否定してしまったら、「この人は自分の訴えを聞き入れてくれない。」という不快感や嫌悪感が先立ちます。そしてその負の感情は積み重なっていき、信頼関係を崩していきます。
否定をされたという事象の記憶は残らなくても、「この人は不快だ」という感情の記憶はしっかり積み重なっていくので、より一層不安感の強い訴えにつながっていってしまうということは想像に難くないはずです。
もの盗られ妄想
「財布がなくなった。あの人が盗ったのよ。」などと、本当は自分自身で別の場所にしまったにも関わらず、誰かが盗んだと訴えるような言動を取ることがあるかも知れません。
これも先ほどのケースと一緒で、「何と答えるのが正解なのだろうか」という発想ではなく、まずはその発言に至った要因を考えてみてください。その上で、相手の発言が正しいか正しくないかということではなく、相手の訴えに耳を傾けている姿勢を感じてもらえるようなレスポンスを意識してみてほしいと思います。
相手の発言を全く聞き入れず否定的な返答をしてしまうと、相手の感情として不快感や嫌悪感を抱かせ、信頼関係を崩していくことにつながります。
よく、本当のことを伝えた方が良いのか、言わないようにした方が良いのか、と悩まれる方がいますが、それはケースバイケースです。もしもその方にとって事実を伝えた方が安心すると考えたならば、そうしてみても良いと思いますし、逆に事実を伝えない方が安心してもらえると感じたならば、そのようにしてみてください。
それよりも大切なことは、相手が伝えようとしている言葉を、まずは受け止める姿勢を見せるということだと思います。先ほどの例で言うと「お財布がなくなってしまったんですね。」と、相手の言った言葉をまずは繰り返してみるのも良いと思います。この一言で「この人は自分の訴えを受け止める姿勢を持ってくれているんだな。」という安心感につながり、結果的にその場は納得のいく解決はできなかったとしても、プラスの感情を少しだけ積み重ねることができます。
それを繰り返すことで、訴えの中身を説得するという解決策ではなく、「この人は安心感がある。この人がそういうのであればそうなのかもしれない。」と不安な気持ちが取り除かれることで、解決の方向に進むこともあるのです。これはまさに、普通の人間関係でも起こることではないでしょうか?
まとめ
認知症の方にはどのように答えるのが正解なのだろうか?言ってはいけない言葉は何だろうか?と短絡的に考えてしまう気持ちは、非常に理解できます。
しかし、そのように考えている時点で、実は認知症というものを正しく理解できていないかもしれません。ひとくちに認知症といっても、人によって種類も困りごとも違うため、一括りにしてしまうことは望ましくありません。認知症という言葉に惑わされず、相手の身体的な特徴に配慮した上で、思いやりを持ってコミュニケーションをとってみてください。
普通の人間関係と同様に、そもそも100%うまくいく答え方などないですし、100%言ってはいけない言葉もありません。
人対人なので、相手を傷つけてしまうことも当然あるでしょう。その場合は普段と同じように、素直に謝ってみてください。
どのような認知症の状態である方でも、感情の記憶は積み重なります。認知症の方からすれば、出来事が記憶に残っておらず、何に対して謝られているか分からないこともあるかもしれません。しかし、真摯に向き合っている姿勢はしっかり伝わりますし、その感情は積み重なっていきます。
すなわち、一人ひとりに寄り添ってコツコツと信頼関係を積み重ねることが、実は円滑なコミュニケーションへの近道なのです。
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