介護職が喀痰吸引するために必要な資格とは?資格取得のメリットや研修内容について解説
介護職が喀痰吸引をすることは、高齢者や疾患を抱える方のケアにおいて役立つスキルのひとつです。
喀痰吸引とは、気道内に溜まった痰を除去する医療行為であり、吸引後は呼吸がスムーズに出来るようになることから、生命の維持や苦痛の軽減に直結する大切な役割を果たします。しかし、介護職が喀痰吸引を実施するためには、研修を受け資格を取得する必要があります。
介護職が喀痰吸引を行うための資格を取得することは、様々なメリットがあります。喀痰吸引によって高齢者等の健康状態と、それに伴う生活の質の向上につながるため、この資格の取得することで介護職としての使命を認識し、やりがいを感じることにつながるでしょう。
- 喀痰吸引とは
- 介護職が喀痰吸引するためには資格が必要?
- 喀痰吸引の資格を取得するメリット
- 喀痰吸引の資格を取得するための喀痰吸引等研修について
- 実務者研修の修了で免除されること
- 介護職の喀痰吸引に関する留意事項
- まとめ
喀痰吸引とは
喀痰吸引とは、口腔や鼻腔、気道に貯留した痰や分泌物を自力で喀出することが困難な人に対し、吸引器を使用して痰を吸い出すことです。これは医療行為にあたります。
口や鼻の中、気道は、乾燥するのを防ぐために分泌物で常に湿った状態になっています。この分泌物には、気道の乾燥を防ぐだけでなく、吸い込んだ空気に含まれる微細な塵や細菌、ウイルスなどの微生物、誤嚥などによる異物をキャッチして体外に出すことで、気管の奥深くに異物が入っていかないようにする重要な役割があります。
通常は、気道の奥から喉のあたりまで押し出された分泌物は、無意識のうちに食道の方に流れて行くため、普段私たちが分泌物の貯留や移動を感じることはあまりありません。
しかし、何らかの原因で分泌物の量が多かったり、分泌物の粘り気が強かったりする場合は、気管の中や喉のあたりに溜まったままになってしまいます。すると、空気の通り道が狭くなり、体内に取り込まれる酸素の量が少なくなるため、咳払いや大きな咳をして口から痰を出す反射が起こります。
高齢者や意識障害、気管切開をしている場合などでは、咳の力が弱いなどの理由により、自力で痰を出すことが難しいことがあります。そのような場合には、吸引チューブを使って痰を吸引する必要があるのです。
介護職が喀痰吸引するためには資格が必要?
医師法では、「医師でなければ、医業をしてはならない」と定めており、医療行為は医師でなければ行うことができません。ただし、看護師は「保健師看護師助産師法」において、診療の補助として医療行為ができるものとされており、医師の指示のもと喀痰吸引を行うことが認められています。
しかし近年、医療や機器の進歩により、吸引を必要とする人が在宅や特別養護老人ホームなどの施設で日常生活を送ることが増加しています。そのため、日常生活の場面で、医師や看護師だけで十分な医療を行うことは困難な状況であることが増えてきました。
喀痰吸引は痰が貯留したタイミングで行う必要があるため、1日に何回も行う医療行為です。
以前は、介護職として実施してもよいことは何なのかの境界線が明確になっておらず、判断に迷うことも多かったようです。また、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で在宅生活を送っている患者さんは、常に誰かがそばにいて必要に応じて吸引をする必要があり、吸引の実施が家族に限られると休む暇がないことが大きな問題でした。
そのようなこともあり、平成24(2012)年4月に「社会福祉士及び介護福祉士法」の改正がなされ、介護福祉士等が一定の要件を満たせば、介護職員等が行う特定行為である「医療的ケア」として喀痰吸引を業務として実施できるようになりました。
喀痰吸引の資格を取得するメリット
介護職が喀痰吸引の資格を取得するメリットとしては、主に以下の5つが挙げられます。
医師の指示の下で、喀痰吸引を行える
喀痰吸引の資格があれば、入居者や利用者が喀痰吸引を必要とする場面で、医師の指示に従い喀痰吸引を行うことが出来ます。
苦しそうにしている利用者を看護師が到着するまで待たせることなく、ケアを実施することが可能になります。
知識や技術の向上による自信や達成感
喀痰吸引は、医療的な知識や技術を必要とする高度なケアです。喀痰吸引の資格を持っていれば、介護職としての専門性に加え、医療的ケアに関する専門性も高まります。
また、喀痰吸引等研修では、保健医療制度やチーム医療等の幅広い知識を学ぶため、チームケアの一員としての知見も深まります。喀痰吸引を必要とする人に対して迅速かつ適切なケアを行うことで、利用者や家族からの信頼を得ることができ、やりがいも感じやすくなるでしょう。
就職や転職に有利になる
最近では、医療的ケアを必要とする人も施設や在宅で生活することが増えてきています。喀痰吸引は需要が高い医療的ケアのひとつですので、喀痰吸引の資格を持っていれば、特養や老健などの介護施設だけでなく、障害者支援施設や障害者の訪問介護など、さまざまな職場で資格を活かして活躍することが可能であり、就職や転職においても有利になります。
緊急時の対応力が向上する
喀痰吸引は、窒息や呼吸困難などの緊急事態に対処する際に、必要となることがある処置です。喀痰吸引の資格を持っていれば、痰が喉に詰まったり、気管カニューレが詰まったりするリスクの高い利用者のケアにも冷静に対応できるようになります。
また、喀痰吸引研修では救急蘇生法などの応急処置も学ぶため、緊急時の対応を適切にできるようになることが期待できます。
キャリアアップにつながる
喀痰吸引は医師や看護師と連携しながら行う医療的ケアです。そのため、喀痰吸引の資格を持っていれば、医療チームの一員として、医療関係者とのコミュニケーション能力や協調性も向上し、介護職としてのキャリアアップに繋がるでしょう。
喀痰吸引の資格を取得するための喀痰吸引等研修について
介護職員等喀痰吸引の研修内容
喀痰吸引等研修は、介護職が喀痰吸引や経管栄養を行うために必要な知識や技術を学ぶ研修です。この研修は、先に述べた通り基本研修と実地研修の二つに分かれています。
基本研修は、講義とシミュレーターを使った演習を行ないます。講義では、喀痰吸引や経管栄養の実施に必要となる知識を習得し、筆記試験に合格する必要があります。また、シミュレーターを使った演習では、講義で習った手技が正しく実施できるかが評価されます。
実地研修では、実際の現場で看護師の指導を受けて、利用者に対して喀痰吸引や経管栄養を実施します。最後に、正しく実施できるかの評価を受け、合格する必要があります。
研修には、医療的ケアを実施できる対象者や内容の違いにより1号研修から3号研修までの種類があり、研修時間や実地研修で行う行為が異なります。
1号研修及び2号研修では、不特定多数の方に5つの行為全て又は4つの行為までで選択した行為を実施することが出来ます。一方、3号研修は特定の方に対して、その利用者が必要とする行為のみ実施することができるもので、実地研修もその方で行います。
認定特定行為業務従事者の種類・実施可能な行為
認定の種類 | 対象 | 実施可能な行為 |
---|---|---|
1号研修 | 不特定多数 | 口腔内の喀痰吸引・鼻腔内の喀痰吸引・気管カニューレ内部の喀痰吸引・胃ろう又は腸ろうによる経管栄養・経鼻経管栄養 |
2号研修 | 不特定多数 | 口腔内の喀痰吸引・鼻腔内の喀痰吸引・気管カニューレ内部の喀痰吸引・胃ろう又は腸ろうによる経管栄養・経鼻経管栄養の5つの行為のうち、実地研修を修了した任意の行為 |
3号研修 | 特定の対象者 | 口腔内の喀痰吸引・鼻腔内の喀痰吸引・気管カニューレ内部の喀痰吸引・胃ろう又は腸ろうによる経管栄養・経鼻経管栄養のうち、対象者が必要とする行為 |
研修内容(基本研修・実地研修)の違い
認定の種類 | 講義 | 基本研修 演習 | 実施研修 |
---|---|---|---|
1号研修 | 50時間 | 各行為5回以上 | 口腔内喀痰吸引10回以上 喀痰吸引(鼻腔内・気管カニューレ内部)各20回以上 |
経管栄養(胃ろう又は腸ろう、経鼻)各20回以上 | |||
2号研修 | 50時間 | 各行為5回以上 | 1号研修と同様の5つの行為のうち任意の行為 |
3号研修 | 8時間 | 回数についての定めなし(1時間) | 特定の対象者が必要な行為について、知識・技術を習得したと認められるまで |
新たな対象者に行為を行う場合は、実地研修のみ受講 |
なお、この研修はホームヘルパーや初任者研修などの有資格者だけでなく、無資格で介護の仕事に従事している人でも受講が可能です。
また、喀痰吸引等の研修は、定められた研修内容を実施するための基準を満たしている登録研修機関により実施されます。そのため、費用や日程は研修機関によって異なります。
実務者研修の修了で免除されること
介護職員実務者研修のカリキュラムには「医療的ケア」の科目があり、喀痰吸引や経管栄養に関する講義と演習を受講します。そのため、喀痰吸引の資格を取得するための研修・演習を改めて受講する必要はありません。
ただし、実地研修はカリキュラムの中には含まれていないため、実際に業務で喀痰吸引を行うためには別途、実地研修を受ける必要があります。
また、介護職員実務者研修を修了して介護福祉士の資格を取得した人も同様です。喀痰吸引等を行う場合は、実地研修のみ受講し、修了証を発行してもらいます。
※受験要件に実務者研修の修了が必要でなかった平成28年以前に介護福祉士の資格を取得した人が喀痰吸引等を行う場合には、講義・演習(基礎研修)・実地研修を受ける必要があるため、「喀痰吸引等研修」を受講する必要があります。
その後、社会福祉振興・試験センターに「実地研修を修了した喀痰吸引等行為」の登録申請を行うことで、介護福祉士の登録証に実地可能な喀痰吸引等の種別が記載されます。
もし、介護福祉士の資格を取得する前にすでに事業所で認定特定行為業務従事者として喀痰吸引等の行為を実施していた場合は、この資格で喀痰吸引等の行為を継続することが可能です。
介護職の喀痰吸引に関する留意事項
介護職が喀痰吸引等の資格を取得し実際に医療的ケアを行う際には、気を付けなければならないことがあります。
実施可能な行為
介護職が喀痰吸引を実施する場合は、咽頭の手前までを限度として、それ以上深い場所での喀痰吸引はできません。また、気管カニューレ内部の吸引では、気管カニューレからはみ出ないように注意が必要です。
医師の指示が必要
介護職が喀痰吸引の資格を取得し、喀痰吸引を必要とする入居者や利用者に対して喀痰吸引を実施する場合は、主治医の指示書に基づいて実施する必要があります。使用するチューブのサイズや吸引圧などが記載された指示書の発行がなければ、資格を取得しても喀痰吸引を行うことはできません。
また、指示書には有効期間が記載されているため、継続して喀痰吸引を実施する必要があると考えられる場合には、新たに指示書を依頼しなければなりません。うっかり、期限が切れていたというようなことがないように注意が必要です。
所属している事業所の特定行為事業者の登録
登録研修機関が実施する研修を受け、都道府県に登録されると「認定特定行為業務従事者認定証」の交付を受けられます。しかし、介護職が研修を受けて、「認定特定行為業務従事者」になっただけでは、業務として喀痰吸引を実施することはできません。
業務の一環として喀痰吸引を実施するためには、当該職員が所属している事業者が「登録特定行為事業者」として都道府県に登録しなければなりません。事業者の登録には、①医療関係者との連携に関する基準②安全適正に関する基準を満たす必要があります。
連携体制の構築
事業所で喀痰吸引を実施するには、医師や看護職員との連携は不可欠です。
- 医師の指示通りに喀痰吸引を実施し、その結果がどうであったかを報告する
- 看護師と役割分担をし、喀痰吸引に関する計画書や報告書を作成する
- 資格を持った介護職が喀痰吸引を実施することを入居者や利用者本人、家族へ説明し、同意を得る
など、様々な場面で連携を取りながら実施する必要があります。
2号研修で新たに他の行為を追加したい場合
2号研修は、喀痰吸引等の5行為のうち任意の行為を選択し、その行為のみ実地研修を受けるものです。
たとえば、業務で介護職は口腔内の吸引のみするため、口腔内の喀痰吸引の資格を取得していたとします。その後、新たな職場では鼻腔内の吸引もする必要がある場合、新たに鼻腔内の吸引ができるように資格を取得しなければなりません。
この場合、講義と演習から新たに受ける必要はありません。研修実施機関で鼻腔内の喀痰吸引の実地研修を受け、修了証が発行されたのち都道府県に登録することで、鼻腔内の喀痰吸引を実施することが可能になります。
必要に応じて、実地研修のみを受けることで実施可能な行為を追加することができるので、2号研修の受講を希望される介護職は多い傾向にあります。
喀痰吸引の資格を取得すれば誰にでも吸引を実施できるのか?
介護職の喀痰吸引は、以下のすべてを満たしている場合のみ実施ができます。
- 研修を受けた介護職が都道府県に登録し、認定特定行為業務従事者となっていること
- 介護職の喀痰吸引を事業として行うための要件を満たし、都道府県登録された事業所であること
- 喀痰吸引が必要な利用者に対して個別に発行される、主治医の指示書に基づいて実施すること
1号、2号研修の対象者は不特定多数となっていますが、喀痰吸引の資格を取得したことをもって、誰にでも吸引を実施できるというわけではないので、注意が必要です。
まとめ
介護職が喀痰吸引を行うためには資格が必要で、資格取得のための研修を受ける必要があります。
介護職による喀痰吸引等の資格には、1号研修から3号研修の3つの種類があり、職場や自身のキャリアアップに必要な資格を取得することが可能です。
最近では、医療的ケアを必要とする人が施設や在宅で過ごすことも増えています。また、介護福祉士の受験資格である実務者研修のカリキュラムに医療的ケアの科目があることからも、今後、介護職に対してますます喀痰吸引の実施が求められることは間違いありません。
喀痰吸引等資格は介護職にとって仕事の幅を広げ、実務に役立つ有益な資格と言えるでしょう。