介護におけるスタンダードプリコーション(標準予防策)|目的や具体例など徹底解説
- スタンダードプリコーションとは
- 介護現場におけるスタンダードプリコーションの目的
- 感染症の3つの要因
- 介護現場におけるスタンダードプリコーションの基本
- 介護現場でのスタンダードプリコーションの実践例
- スタンダードプリコーションの課題と克服方法
- まとめ
介護の現場で日々直面する課題のひとつに、感染症の予防があります。感染症は介護を必要とする人だけでなく、その家族や介護職員にも大きな影響を及ぼします。そのため、感染症の予防は介護の質を向上させるために欠かせないものとなります。
介護や医療の現場で安全なケアを提供するための感染症予防の基本的な手法に「スタンダードプリコーション」があります。ここでは、介護職員や看護師としてスタンダードプリコーションのポイントや具体的な対策についてご紹介します。介護現場での感染症予防に役立ててもらえると幸いです。
スタンダードプリコーションとは
スタンダードプリコーションとは日本語で「標準予防策」と訳され、介護や医療の現場において感染症の有無にかかわらず、すべての人は病原体を保有していると考え、それに対して実践する予防策のことです。
具体的には、血液や体液(唾液、胸水、腹水、心嚢液、脳脊髄液等のすべての体液)、分泌物(汗は除く)、尿や便などの排泄物、傷のある皮膚や粘膜を感染の可能性があるものとみなし、これらに触れる可能性がある場合、マスクや手袋、ガウンなどの個人防護具を用いることにより、感染経路を遮断し感染のリスクを減少させるための予防策を指します。
介護現場におけるスタンダードプリコーションの目的
介護現場では、介助者は直接ご利用者やその周囲に触れるシーンが多くあります。細菌やウイルスは目で見えないので、その後の対策をしないと知らず知らずのうちに感染を広げてしまうリスクが高くなります。
介護を必要とする高齢者の多くは、それぞれ様々な病歴を持ち免疫力が低下している方が多いため、一般的には感染症に至らないことが多い病原菌であっても感染症を引き起こすリスクがあります。また、病原菌の毒素の強さによっては重篤な状態に陥り、場合によっては死に至ることもあります。そのため、介護現場では、感染症の発生をより厳重に予防し、ご利用者の安全・安心の確保のためにスタンダードプリコーションを適切に実施することが重要となります。
感染症の3つの要因
感染症は、細菌やウイルスなどの「病原菌」が身体に侵入し増殖することで起こります。感染症は「病原体」「感染経路」「宿主」の3つの要因が揃うことで発生します。
病原体
「病原体」とは、感染症の原因となる細菌やウイルスなどの感染源のことです。
感染経路
「感染経路」とは、病原体が宿主にどのように伝わったかの過程のことです。日常生活で注意しなければならない感染経路の主なものは、接触(経口)感染、飛沫感染、空気感染が挙げられます。
接触感染
接触感染とは、病原体に触れ体内に取り込んでしまうことで感染する経路のことです。病原体に汚染された皮膚や粘膜、手、ドアノブ、手すり、便座、スイッチ、器具などの表面を触れることや、病原体を含む汚物や嘔吐物を介して、口や粘膜などから体内に侵入し感染症を引き起こします。接触感染を起こす主な病原菌には、黄色ブドウ球菌、ノロウイルス、ロタウイルス、腸管出血性大腸菌(O157)、サルモネラ菌などがあります。
飛沫感染
飛沫感染とは、病原体が含まれた飛沫を咳やくしゃみ、会話などを通じて口や鼻から吸い込んだり、目や鼻の粘膜から体内に入ったりすることなどにより感染する経路のことです。
飛沫は、咳やくしゃみにより半径2m程度飛ばされると言われており、感染者のすぐそばにいなくても、知らない間に感染してしまう場合もあります。また、喀痰吸引などの医療行為を行う際に、飛沫感染を起こす病原体が空気中の水分と交じり合って「エアロゾル」を形成することがあります。エアロゾルは通常の飛沫とは異なり、空気中を漂う時間が長時間となりその範囲も通常の飛沫感染の範囲を超える性質があり、同じ空間にいるだけで感染してしまうリスクがあります。
飛沫感染を起こす主な病原菌には、インフルエンザウイルス、アデノウイルス、風疹、コロナウイルスなどが挙げられます。
空気感染
空気感染とは、空気中に浮遊する感染者から排出された病原菌を吸い込むことで感染する経路です。空気感染で感染する病原体は長時間、空気中を漂うため、同じ空間にいる人に感染を広げて集団感染を起こすリスクがあります。
空気感染を起こす病原菌には、結核菌、麻疹ウイルスなどが挙げられます。
宿主
「宿主」とは、病原体が生息、増殖する人や動物などの生物のことを言います。細菌やウイルスなどの病原体は、宿主の体内で増殖し、病気を引きおこす力がその人の免疫力より強い場合に発症します。したがって、感染症を発症していなくても、体内に病原体を保有していることがあります。
介護現場におけるスタンダードプリコーションの基本
感染を予防するには、感染対策の基本をしっかりと守ることが大切です。感染対策の基本のポイントは以下のようになります。
手洗い
感染症予防の最も基本的な方法は手洗いです。特に食事の前後や排泄介助の後などは必ず手洗いを行うようにしましょう。正しい手洗いの方法は以下のように流水と石鹸を用いて行います。また、石鹸は固形石鹸ではなく液体石鹸が望ましいです。
- 流水で汚れを落とす:最初に手に付着した大きな汚れを流水で洗い流します。
- 石鹸を泡立て手のひらを洗う:石鹸を使って手の平をこすり合わせ、石鹸をよく泡立て、手のひらを洗います。このとき15秒以上かけて洗うことが大切です。
- 手の甲を洗う:手の甲をもう片方の手でこすり洗いします。
- 指先・爪の間を念入りに洗う
- 指の間を洗う
- 親指と手のひらをねじり洗いする
- 最後に手首を洗う
手指消毒
手に明らかな汚れがない場合には、アルコールなどの速乾性の手指消毒剤を使用して手指を消毒することも効果的です。しかし、正しい消毒方法で実施しないと効果が不十分になるため注意が必要です。速乾性消毒剤による手指消毒の方法は以下の通りです。
- 十分な量の消毒液を手のひらに取る
- 手のひらの薬液に片方ずつ指先を浸す
- 手のひらをこすり合わせる
- 指の間に薬液を擦り込む
- 両手の親指に薬液を擦り込む
- 両手首に薬液を擦りこむ
マスクの着用
マスクの着用は、他人からの飛沫による感染を防ぐことができ、感染症の予防に有効です。特に風邪やインフルエンザなど飛沫による感染症が流行する時期には、マスクを着用するようにしましょう。
咳エチケット
咳エチケットは感染症の拡大を防ぐために非常に重要な行動です。咳エチケットを実施することで、咳やくしゃみによって発生した飛沫に含まれるウイルスや細菌が他人に感染する可能性を防ぐことができます。咳やくしゃみをするときはティッシュやマスク、袖で口と鼻を覆うようにします。これにより、飛沫による感染を防ぐことができます。
定期的な換気
部屋の空気を新鮮に保つために、定期的に窓を開けて換気を行ないましょう。換気を行うことにより、ウイルスなどの感染源を部屋の外に排出することができます。
体調管理と休養
自己の体調管理も大切です。日頃から十分な睡眠をとることで、免疫力を高めることができます。また、1日20~60分程度の適度な運動を取り入れたり、栄養バランスのとれた食事を心がけたりすることが大切です。倦怠感や発熱、のどの違和感などの症状がある場合や、いつもと体調が異なる時は無理をせず、十分な休養をとるようにしましょう。
介護現場でのスタンダードプリコーションの実践例
スタンダードプリコーションは、感染症の有無にかかわらず、すべての人に対して実施する基本的な感染予防対策です。介護現場で実践されているスタンダードプリコーションの実践例には以下のようなものがあります。
手指衛生
感染源となる可能性があるものに触れた後やケアの前後には必ず手洗いをします。この手洗いには速乾性消毒剤による手指消毒も含まれます。
個人防護具の着用
利用者の体液に触れる可能性がある場合には、使い捨ての製品やマスク、場合によっては使い捨てエプロンや予防衣、フェイスシールド、ゴーグルなどを着用します。
マスクの着脱法
マスクは裏表を確認し、ノーズワイヤーが上に来るように装着します。マスクの隙間から空気が漏れないよう、鼻と口を覆うように着用しましょう。マスクにはウイルス等がついている可能性があるため、外すときはマスクの表面に触れないように、紐を持ってそっと外すようにします。
予防衣の外し方
予防衣は手袋をしたまま外側の面に触れないようにそっと外し、外側の面が内側になるように小さく丸めて捨てます。
手袋の外し方
手袋の外側を持ち引っ張りながら、手や腕に触れないようにそっと片方の手袋を脱ぎます。脱いだ手袋をもう一方の手で握り、手袋を外した手でもう片方の手袋の内側を持ち上げながら脱ぎます。この時、外側の汚れた部分に触れないよう注意します。
また、使用した個人防護具、血液や排泄物で汚染したガーゼやおむつなどは、汚れた部分や表面を内側にして丸めビニール袋に入れますが、入れたものが外に飛び出さないように、袋の口はきちんと縛るようにします。
器具の洗浄消毒
利用者の血液や体液、排泄物等で汚染された器具は、80℃以上の高温の熱水に10分以上浸す熱消毒や、次亜塩素酸ナトリウム、アルコール消毒液などを用いて消毒します。これらの消毒の効果は、「濃度」「温度」「時間」によって大きく左右されます。したがって、これらを適切に管理することが、適切な消毒を行うために重要です。
環境整備
清潔な環境を保つために居室・洗面所・トイレ・浴室などの掃除を定期的に行ないます。また、環境整備は単なる掃除だけにとどまらず、掃除がしやすいように環境を整えることも大切です。
病原体の中には、居室やトイレ、浴室などで長期間生存し感染源となるものがあり、不衛生で雑然とした環境は病原体が増殖しやすく、感染症のリスクが高まります。居室や浴室、トイレなどは洗浄剤を使用し、目に見える汚れを取り除くようにしましょう。
スタンダードプリコーションの課題と克服方法
介護の現場でスタンダードプリコーションを実践するにあたり、さまざまな課題にぶつかることがあります。ここでは、課題に対する対応策をご紹介します。
換気の方法やタイミング
多くの入所者が生活する介護施設では、定期的な換気が難しいと言われることがあります。特に、冬場は冷気が入るため入所者から窓を閉めてほしいと言われ、換気の必要性は理解しているが、実践できないとの悩みを持つ施設もあるようです。たしかに冬場の換気は難しいですが、以下のように工夫をすることで、効果的に換気を行うことも可能です。
換気の時間・回数
換気の時間や回数は、部屋の広さや窓の大きさによって異なりますが、1時間に5分から10分が目安とされています。また、換気回数が多いほど効果的なため、1時間に10分の換気をするより、1時間に5分の換気を2回する方が効果は高くなります。
エアコンをつけたままにして防寒・断熱対策をする、湿度を上げる、暖房器具はこまめに掃除をして効きをよくするなど、換気時に室温が下がるのを予防するようにしましょう。
短時間で効率的に換気を行うことで、長時間窓を開けておく必要がないようにすると、入居者の協力が得られやすくなります。
窓は2か所開ける
効率的な換気を行うためには、空気の通り道を作ることがポイントです。そのため、1か所の窓だけで換気をするのではなく、窓を2か所開ける方がより効率的に換気ができます。
窓の開け方を工夫する
窓を全開にすれば、より多くの空気を取り込めそうに感じますが、全開にしても空気の通り道ができるとは限りません。したがって、空気の通り道を作るにはどの窓を開けるのが良いかを考えましょう。
そして、すべての窓を全開にするのではなく、外気の入り口となる窓は5cmから15cmほど開け、出口となるもう一方の窓は広く開ける事で空気の流れが良くなり、効率的に換気をすることができます。
換気中は、空気の通り道を避けて座ってもらうなどの工夫をすることで、少しでも冷感を感じないようにすることができます。
感染症の予防策の徹底するために
感染症の予防策やスタンダードプリコーションの実践方法を徹底するためには、職員研修の実施や感染症対策のための指針やマニュアルの整備が必要です。
そして、もし感染症が発生してしまった場合、その拡大防止のために早期発見・報告・対応は不可欠であり、指針や対応方法について全ての職員に周知し、理解していることを確認する必要があります。これは、新規採用時の研修や定期的な研修で繰り返し伝えることで、理解を深めることができます。感染症発生時の業務継続計画の内容とともに、感染予防策の徹底を行うようにしましょう。
また、正しい感染予防策や感染を拡大させない方法、早期発見や報告についてのシミュレーション訓練を行うことで、確実に実践できるようにしておくことも重要です。
まとめ
介護において感染予防の基本として、スタンダードプリコーションを実践することは非常に重要です。日頃より正しい方法で手洗い、消毒、マスクの着用、咳エチケットを実践し、体調管理や休養に努めるようにしましょう。そして、感染症の方の介護を行う際には、適切なタイミングで個人防護具の着用をしましょう。
スタンダードプリコーションは適切に行われないと感染症の拡大リスクが高まり、利用者や職員の健康を害する可能性があります。そのため、定期的に研修を実施し、知識の確認やアップデートを図ることが求められます。
また、外部の研修を受けることも効果的です。日々業務をこなすだけでは気づけない視点や、新しい知識を体系的にインプットすることができるため、スタンダードプリコーションにおいても適切な実施方法を学び、感染症の拡大を防ぐことが可能になります。
ツクイスタッフでは、介護現場のスタンダードプリコーションや感染予防に精通した講師による研修を「動画研修・講師派遣型研修・オンライン研修」の3つのスタイルで総合的に提供しています。
ご興味のある方は、是非お気軽にご相談ください。
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