自立支援と自律支援 ~「じりつ」には二つの意味があります
介護の現場ではよく、「高齢者の尊厳を守りましょう」「自立を支援しましょう」ということが言われます。 私たちはなぜ「尊厳の保持」や「自立支援」について学ばなければならないのでしょうか。まずはその根拠となる「介護保険法」について見てみましょう。
法律における「尊厳の保持」と「自立支援」
介護保険法は日本の社会保障制度の一つで、介護が必要な高齢者などを支援するための法律です。2000年に施行され、介護サービスの提供や介護保険料の徴収などを定めています。介護が必要な人々の負担を軽減し、社会全体で介護を支えるための制度です。
その第1条には、以下の通り介護保険法の目的が書かれています。
この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。
介護保険法(平成九年法律第百二十三号)
介護保険法において「尊厳の保持」や「自立支援」が重視される理由は、介護保険法の目的であると同時に介護保険制度の理念でもあるためです。
私たちが介護保険制度に則って介護現場でお仕事をする以上は、この「目的」を意識しなければなりません。私たちが介護現場で「尊厳の保持」や「自立支援」に取り組まなければならない理由がここにあります。
高齢者の尊厳を尊重するケアとは
「尊厳を尊重するケア」とはいったい何でしょうか。
高齢者がどういう暮らしを望んでいるのか、この先の人生をどう生き抜きたいのか、それを理解して、大切にすることが尊厳を尊重するケアと言えます。つまり「その人らしく生きること」を支援するケアです。
介護保険法で定められた「尊厳の保持」とは、高齢者が人間としての自尊心や人格を尊重され、その個々の価値や尊さを認められることを指します。尊厳の保持には以下のような要素が含まれます。
- 自己決定権の尊重
高齢者に対して、自分自身の生活に関する意思決定を尊重し、できる限り自由な選択を行えるようサポートします。例えば、利用したい介護サービスや介護施設の選択など、自分自身の意見を尊重することが重要です。 - 個別のニーズに合った支援
高齢者はそれぞれ異なる背景や価値観を持っています。そのため、個々のニーズや希望に合わせた支援が必要です。個別のケアプランやサービス提供の柔軟性が求められます。 - 人権の尊重
高齢者も、他の世代と同じく様々な人権を持っています。差別や虐待を排除し、自己価値や尊さを保護するための法的・社会的な仕組みづくりが求められます。
これらの要素を実現することで、高齢者は自分自身を尊重され、人間らしい生活を送ることができます。尊厳の保持は、高齢者の心身の健康や幸福感の向上につながる重要な要素でもあります。
「自立支援」・・・高齢者の力を奪わない支援
高齢者の自立支援とは、高齢者が自らの意思や能力に基づいて、できる限り自立した生活を送ることを支援することを指します。具体的な支援内容は個人の状況によって異なりますが、以下のような要素が含まれることがあります。
- 日常生活のサポート
高齢者が日常生活の中で困難を抱える場合、例えば食事・入浴・衣服の着脱などの身の回りのケアや家事の支援を提供します。 - 健康管理
高齢者の健康状態を定期的にチェックし、医療機関の受診や薬の管理のサポートを行います。 - 各種サービスの紹介
高齢者に必要なサービス、例えば居宅介護支援やデイサービスなどの利用を支援し、その情報提供や手続きのサポートを行います。 - 趣味や社会参加の支援
高齢者が趣味や地域の活動に参加する機会を提供し、社会とのつながりを促します。 - 心理的なサポート
高齢者が孤独や不安を感じる場合、話を聞いたり、心理的な支えを提供することもあります。
これらの支援を通じて、高齢者はできる限り自立した生活を継続し、意欲的に社会とつながることができます。
また、これらの支援は介護者が一方的に提供するのではなく、「自分でやっていただく」という視点が大切になります。
「出来ないだろう」「出来るけど大変そうだから」と、いろいろなことを手伝ってしまうことは、高齢者からすれば助かるかもしれませんが、結局は本人の能力を奪ってしまい、出来たことが出来なくなってしまいます。
支援をする際には、高齢者が持っている能力を奪わない支援を行わなければなりません。
自立支援と自律支援
「じりつ」には、二つの漢字があるのをご存じでしょうか。
介護現場でよく使われるのは自分で立つと書く「自立」の方ですが、自分を律すると書く「自律」という漢字もあり、少し意味が違います。
高齢者の「出来る事」の活用 = 自立支援
歩いてトイレに行ける、食事を自分で食べられる、浴槽を跨いで入れるなど、身体機能的に、自分のことを自分でできる事を「自立」と言います。
要介護者の場合、「出来ることを自分の意思でしない」のではなく、「したい意思があるのに出来ない」ことがほとんどです。残存機能を活用することで、高齢者の出来る生活行為が広がると、生活意欲も高まります。
私たち介護職員が「自分が手伝ったほうが早い」「本人が行うと時間が掛かる」と考えてしまっては、自立支援につながりません。
高齢者主体 = 自律支援
自分のことは自分で決めて、自分の意思で行動や生活ができることを「自律」と言います。
また、自らの希望や意思によって生活や人生を選び、決めることができるよう、必要な情報を伝え、自ら判断するための助言などサポートしていくことを”自己決定支援”と呼んでいます。
「自分のことは自分で決める」という当たり前の自己決定を大切にした支援が、高齢者主体の支援です。どうするかを自分で決めてもらい、その人の希望に沿った介護を行います。介護職員は自己決定を側面的にサポートする役割です。
「年寄りだから」、「本人は分からないから」、「こっちの方がいいに決まってる」と本人の意向ではなく、介護職員が決めてしまうことが度々見受けられます。
高齢者は、「迷惑をかけてはいけない」と、なかなか自分の意見が言いづらいものです。まずは「本人はどう考えているのか」を、見落とさないようにしましょう。
例えば、難病でベッドにほぼ寝たきりの要介護5の高齢者。介助職員が介助しなければ、食事も移動も排泄も出来ません。しかし、もし意思疎通が多少でも出来れば・・・「どちらのおかずから食べますか」「シャツはどちらを着たいですか」等の質問に、自分で選んでくれるかもしれません。
「この人は車椅子だから自立してないな」「寝たきりだから何も出来ないな」と決めつけるのではなく、「自分で決めていただく」よう支援することが大切です。「自立」が出来ていなくても、「自律」が出来る方はたくさんいらっしゃいます。
高齢者への自律支援は、個人の尊厳と自己決定権を尊重し、より良質な生活を送るための基盤を作る重要な取り組みです。地域のサービスや専門家との連携も重要であり、高齢者がより主体的に自分の人生を選択し、意思決定を行えるようサポートする必要があります。
認知症高齢者の自己決定支援
認知症の高齢者は、自分の意思を表明することが難しい場合があります。その場合、家族などが代理で意思を決定しますが、本当に本人の意思を尊重しているのか?を考えなければなりません。「本人だったら、どうするかな?」という本人の立場に立って、意思を決定します。
認知症の人がその人らしく過ごせるようにするためには、どの方法が最善かを尊重することが第一です。そして、家族が代理で意思決定を行い支援することが大切です。
認知症の高齢者への自己決定支援の具体的なアプローチ
- 情報提供と選択肢の提示
認知症高齢者に対して、関連する情報をわかりやすく提供し、異なる選択肢を示します。例えば、日常生活の選択や医療の選択など、可能な範囲で自分の意思を反映させる機会を与えます。 - コミュニケーションの支援
認知症高齢者とのコミュニケーションを円滑に行うために、コミュニケーション手段や方法を工夫します。具体的には、シンプルな言葉やイラストを使ったコミュニケーションツールの導入、ゆっくりと話す、視覚的な手助けをするなどの方法があります。 - 共有意思決定の促進
認知症高齢者の意見や希望を尊重し、家族や介護者、医療スタッフと共に意思決定を行うプロセスを促します。重要な決定においては、利益を最大化しつつも個々の意見を尊重するようなアプローチを取ります。 - 趣味や利益を活かした活動の提供
認知症高齢者が自己決定を行いやすくするために、彼らの趣味や利益に基づいた活動やプログラムを提供します。例えば、音楽や美術、ガーデニングなど、彼らが楽しんで取り組める活動が挙げられます。 - 専門的な支援者の参加
認知症高齢者に対して、専門的な支援者(認知症専門医・看護師・心理士・介護福祉士など)を介入させます。彼らは、認知症高齢者の自己決定を促すための適切な支援や相談を提供することができます。
認知症高齢者への自己決定支援は、彼らの尊厳と自己価値を重視するアプローチです。認知症の進行により制約があるかもしれませんが、できる限り彼らが自分自身の意思を尊重する機会を提供することで、より良質な生活を送ることができます。
人生会議とは?
急な病気や事故などで命の危険が迫ると、今後の医療やケアなどについて自分で決められなくなることがあります。
将来の人生をどのように生活をして最期を迎えるか、ご自身の考えをご家族や医療・ケアの担当者とあらかじめ表しておく取り組みをアドバンス・ケア・プランニング(ACP)といい、通称は「人生会議」と呼びます。これは令和元年にスタートした、厚生労働省の取り組みです。
人生会議は、高齢者や末期がんの患者などが自分の人生について振り返り、まとめたり話し合ったりする機会です。
この会議は、人生の意味や達成感を感じること、人生の出来事や経験を整理すること、自分の望みや希望を伝えることなどを通じて、心理的な充実感や満足感を得ることを目的としています。
自分の気持ちを話せなくなった「もしものとき」には自分の心の声を伝えることができるアイテムとなり、また、ご家族の心のご負担を軽くするでしょう。
人生会議では、一般的に次のような要素が含まれます。
- 個人の人生の経験、成果、関係について話し合う
- 過去の喜びや悲しみ、後悔や満足感などの感情を表現する
- 家族や友人とのつながりや関係性について語り合う
- 人生の重要な意味や価値観について考え、共有する
- 自分の望みや希望、最後の願いなどを明確にする
人生会議は、高齢や病気により限られた時間しか残されていない人々にとって重要な心理的な支援となります。また、家族や医療スタッフとのコミュニケーションを通じて、最期まで自分らしい生活や治療を受けるための選択肢や意思決定にもつながることがあります。
ちなみに11月30日(いい看取り・看取られ)を「人生会議の日」とし、人生の最終段階における医療・ケアについて考える日としています。
まとめ
「自立支援」と「自律支援」の違いはお分かりいただけましたでしょうか。
介護現場では「出来ることはやっていただきましょう」という取り組みはよく見られますが、「自分で決められることは決めていただきましょう」という視点は、まだ不十分なような気がします。
「何が食べたいですか」「どんな服が着たいですか」「どんな方法で掃除しましょうか」「どこへ行きたいですか」・・・生活細部で個人の意思を尊重したケアを目指しましょう。自分の意思が尊重され、受け入れられた高齢者は、「次はこうしたい」という自立意欲が向上します。
また、高齢者だけではなく、「自立と自律」を介護現場で働く介護職員の皆さんに当てはめて考えてみましょう。
例えば「自立支援」は、新人職員が自分自身の力を最大限に活かし、自分で生活や仕事を遂行することを支援することを指します。個人の能力やスキルを向上させ、自己実現を促すことです。
一方、「自律支援」は、新人職員が自らの価値観や目標に基づいて自主的に行動し、自分の人生を選択・管理することを支援することを指します。自分の意思で生活の方向性を決め、自分自身の道を歩むことを助けることです。
例えば、心理的なサポートや啓発活動を通じて、個人が自己成長や自己実現を追求することを支援する取り組みも含まれます。
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参考文献
- 「介護福祉士養成実務者研修テキスト」(長寿社会開発センター)
- 「介護職員初任者研修テキスト第2版」太田貞司・上原千寿子・白井孝子(中央法規)
- 「新しい障害理解ハンドブック」中村 剛(学術研究出版)
- 「新しい認知症ケア介護編」三好春樹・東田勉(講談社)
- 「世界一役に立つ介護保険の本」東田勉(講談社)
- 「生活援助従事者研修59時間テキスト」堀田力・是枝祥子(中央法規)
- 「介護職の為の接遇マナー」蜂谷英津子(介護労働安定センター)
- 「安全・やさしい介護術」橋本正明(西東社)