介護施設向け非常災害対応研修の内容と進め方

介護施設で非常災害対応が確立していることは、ご利用者や職員の安全確保において非常に重要です。
しかし、マニュアルを作成しただけで安心してしまい、実際の災害時に適切な対応ができないようでは意味がありません。本記事では、実効性のある非常災害対応研修の内容と、その効果的な進め方について詳しく解説していきます。
1.介護施設における非常災害時の対応策
災害発生直後の初動対応は、その後の事業所運営に大きく影響するため、正確な判断が求められます。
職員が行うべき具体的な対応の全体像
介護施設では、自力で避難することが困難なご利用者の安全を確保しながら、同時に施設の機能を維持しなければならず、状況に応じた適切な対応が必要です。発災時の対応は、時間軸で整理しておくと良いでしょう。
1.発災直後
発災直後の数分間は「命を守る時間」であり、まず自分自身の安全を確保した上で、避難の要否の判断や二次災害の防止に努めます。
2.発災後10分から30分
この時間は、ご利用者の安否確認を開始します。この段階では、大声を出して職員同士の無事を確認し合うことも重要です。誰が・いつ・何をするかを明確にして、初動の手順の周知や訓練をしておくことが大切です。
3.発災後30分から1時間
この時間は、「被害を把握する時間」として、建物の損傷状況、ライフラインの状況、ご利用者と職員の負傷の有無などを組織的に確認していきます。混乱の中で確認漏れがないような工夫が求められます。
ご利用者と職員の安全確認を確実に行う方法
災害対応の初動において安全確認は最も重要です。しかし、混乱した状況下で漏れなく確認を行うことは想像以上に難しいと捉えておかなければなりません。
そのため、効率的に安否を確認していく体制を整えておく必要があります。特に認知症の方は、災害の混乱で居室を離れて徘徊してしまうケースもあるため、普段からご利用者の行動パターンを把握しておく、災害発生時の職員の役割分担を明確にしておくことも大切です。
医療機器の動作確認と応急処置の手順
介護施設では、酸素濃縮器、吸引器、人工呼吸器など、生命維持に直結する医療機器を使用している場合があります。これらの機器は停電により作動しなくなるため、発災後の早い段階で動作確認と代替手段の準備を行わなければなりません。非常用電源等への切り替えや、バッテリーの確認、電気を使用しない吸引器の使用方法などを、日頃から練習しておくようにしましょう。
応急処置には、外傷への対応だけでなく、災害時特有のストレス反応への対処も含まれます。高齢者は環境の急激な変化により、血圧の急上昇や不整脈、過呼吸などの症状を呈することがあります。定期的にバイタルサインの測定と記録を行い、必要に応じて救急搬送の判断を行える体制を整えておくことが重要です。
避難経路を確保し二次災害を防止する対策
建物の損傷状況によっては、施設外への避難が必要になる場合もあります。しかし、介護施設からの避難は、一般的な避難とは大きく異なり簡単ではありません。
避難が必要と考えられる場合、まず、避難経路の安全確認を行います。避難の優先順位は、ご利用者の身体状況と建物の被災状況の両面から判断しましょう。自力歩行が可能なご利用者から順次避難させることが基本ですが、建物の特定の部分に大きな損傷がある場合は、その近くにいるご利用者を優先する場合もあります。また、車椅子での避難や寝たきりの方の避難には、複数の職員と適切な搬送用具や搬送スキルが必要となり、平時の訓練が重要です。
備蓄品の持ち出しと準備のポイント
災害時の備蓄品管理は、単に物品を保管しているだけでは不十分であり、必要な時に、必要な物を、素早く取り出せる状態にしておかなければなりません。
備蓄品は、「発災直後に必要なもの」「避難時に持ち出すもの」「避難所で必要になるもの」の三段階に分けて準備しておくとよいでしょう。発災直後に必要なのは、懐中電灯、ヘルメット、軍手、ホイッスルなどの安全確保用品と、ご利用者情報が記載された緊急連絡先リストなどがあげられます。また、備蓄品は分散配置し、一箇所が使えなくなっても代替できるようにしておきます。
避難時の持ち出し品で重要なのは、ご利用者の薬剤情報、既往歴、家族連絡先などの医療情報です。これらの情報は、USBメモリやクラウドでのバックアップなどにより、避難所等で確認できるようにしておくと安心です。
非常災害時の研修と防災対策の重要性
非常災害時に、冷静に対応するためには日ごろからの職員への研修と対策を講じておくことが不可欠です。
非常災害時の対応マニュアル作成と活用
介護施設では、非常災害対応マニュアルの作成が義務付けられていますが、災害時にそのマニュアルが機能するとは限りません。なぜなら、マニュアルが「作っただけで終わり」になっていて、実際にはその通りにできなかった、マニュアルに書かれている内容を知らなかったというようなケースが少なくないからです。
実効性のあるマニュアルにするためには、以下のポイントを意識しましょう。
- 誰が読んでも理解できる平易な言葉で書く
- フローチャートや図解により、視覚的に理解できるようにする
- 定期的な見直しと更新を行う
定期的な避難訓練の実施とその手順
介護施設は年2回以上の避難訓練実施が義務付けられています。しかし、形式的な訓練では、実際の災害時に役立つスキルは身につきません。効果的な訓練には、段階的なアプローチを行い、初回は基本的な避難経路の確認や消火器の使い方など、基礎的な内容から始めて、回数を重ねるごとに、車椅子での階段降下、担架を使った搬送、夜間想定での訓練など、難易度を上げていくことで、職員のスキルが着実に向上するように計画します。
また、訓練後は必ず振り返りを行うことが重要です。「できたこと」「できなかったこと」「改善すべき点」を具体的に記録し、次回の訓練や日常業務の改善につなげます。特に、時間の測定は客観的な評価指標となるため、全ご利用者の安否確認に何分かかったか、避難完了までに何分を要したかなどを記録し、避難の検証に活用するようにしましょう。
BCP(業務継続計画)の策定とその本質的な意義
2024年4月から、すべての介護事業所にBCPの策定が義務化されました。しかし、BCPを単なる「作ってあればよい書類」として捉えているとすれば、それは大きな誤解です。
BCPの本質は、災害や感染症などの危機的状況下でも、ご利用者への必要最低限のサービスを継続的に提供することにあります。そのため、作ったBCPが実際に機能するかを検証し、実効性のあるBCPになるように改善を繰り返す必要があるのです。しかし、実際には厚生労働省のひな型を転記しただけで、自施設にとって実効性のある内容になっていないばかりか、研修・訓練と改善活動がリンクしていないことも散見されます。これでは、災害発生時に利用者へのサービスの継続ができなくなるだけでなく、施設の経営にも大きな影響を及ぼすことになります。
介護施設が直面する非常災害時のリスクと対策
介護施設における最大のリスクは、ご利用者の多くが自力避難困難であり、緊急時の迅速な避難が極めて困難であることです。また、大規模災害時には、職員自身や家族が被災する可能性もあり、通常の勤務体制を維持できず、少人数で多数のご利用者をケアする過酷な状況が発生することも予測されます。
そのため、想定されるこれらのリスクに対して、複数の対策を組み合わせた対応が必要です。具体的には、職員の緊急連絡網の整備、参集可能な職員の優先順位付け、近隣住民との協力体制の構築、他施設との相互応援協定の締結などが挙げられます。
ご利用者へのメンタルケアとサポート方法
災害時には、メンタルケアも重要です。高齢者、特に認知症のある方は、環境の変化に敏感であり、災害による混乱が認知機能や精神状態に大きな影響を及ぼすことがあります。
メンタルケアとして、まず「安心感の提供」が重要です。職員が落ち着いた態度で接し、「大丈夫ですよ」「一緒にいますからね」といった声かけを頻繁に行うことで、ご利用者の不安の軽減につなげます。また、できるだけ普段の生活リズムを維持できるようにし、食事の時間や就寝時間など、可能な範囲で日常のルーティンを保ち、ご利用者の心理的安定が図りましょう。
避難所において職員が担うべき役割と責任
大規模災害により施設が使用不能になった場合、ご利用者とともに避難所での生活を余儀なくされることがあります。しかし、一般の避難所は高齢者や要介護者に対応した設備が整っていないことが多く、施設職員の専門的な支援が不可欠です。また、避難時には、避難所運営者との連携が欠かせません。避難所では、プライバシーと安全性を確保し、ご利用者の特別なニーズ(ベッドの要否、食事形態、医療的ケア、排泄介助など)を明確に伝え、理解と協力が得られるようにしましょう。
3.非常災害時の対応に関する研修の重要性
非常災害対応研修は、組織全体の災害対応力を向上させ、実際の災害時により多くの命を守ることを目的とする、介護施設にとって重要な業務の一つです。
研修が施設の安全性向上につながる理由
研修では、職員一人ひとりが災害時の自分の役割を明確に理解し、適切な判断と行動ができるようになることを目標とします。マニュアルを読むだけでは得られない、実践的なスキルを習得、定着させることが重要です。
また、研修には知識の習得だけでなく「気づき」を得る効果もあります。座学による研修だけでなく、実際に演習や訓練を行うことで、マニュアルの不備や、想定していなかった課題を明らかにすることができます。これらの気づきを基にマニュアルを改善し、次の研修でさらにスキルアップを図るという、継続的改善のサイクルを回すことが可能になり、施設の安全性の向上につながります。
職員の意識改革とスキル向上
効果的な研修は、職員の意識を変え、行動を変えます。そのためには、講義形式だけでなく、実践的な演習を組み合わせた研修が効果的です。意識改革につながる研修を実施するためには、「なぜこの対応が必要なのか」という背景や理由を丁寧に説明するようにしましょう。また、スキルの向上には、実働訓練が不可欠です。消火器の使い方、AEDの操作、車椅子での段差を超える搬送、担架での搬送など、習得しなければならないスキルは多岐にわたります。
4.よくある質問
非常災害対応の研修は、年に何回実施すればよいですか?
法令では消火・避難訓練を年2回以上実施することが義務付けられています。また、BCP(業務継続計画)に関連した研修・訓練も各2回以上必要です。実効性を高めるためには、より頻繁な研修が望ましく、避難訓練を年2回、座学での知識研修を年2回、実技訓練を年1~2回程度実施し、さらに新人職員には入職時の必須研修として実施することが理想的です。
小規模な施設でも本格的な研修が必要でしょうか?
施設の規模にかかわらず、ご利用者の命を預かっている以上、適切な災害対応研修は必須です。むしろ、小規模施設では職員数が少ないため、一人ひとりの対応力を向上させることが重要です。
研修の効果を測定する方法を教えてください
施設の規模にかかわらず、ご利用者の命を預かっている以上、適切な災害対応研修は必須です。むしろ、研修効果の測定には、内容に応じた複数の指標を組み合わせるようにしましょう。たとえば、知識面では、理解度テストを実施。スキル面では、避難訓練での所要時間の測定や、実技チェックリストでの評価が有効です。また、職員へのアンケートで自信や意識の変化を測ったり、研修後の行動変容を観察したりすることも重要な指標となります。
5.まとめ
非常災害時の対応に関する研修は、介護施設における法定研修として位置づけられるだけでなく、ご利用者と職員の生命を守るための重要な取り組みですが、形式的な研修では、実際の災害時に役立つスキルは身につきません。
効果的な研修を実現するためには、実践的な内容設計、定期的な実施、そして継続的な改善が不可欠です。しかし、施設の規模や人員体制によっては、充実した研修プログラムの実施が困難な場合もあると思われます。そのような場合には、介護業界に特化した外部の研修サービスを活用することも、視野に入れましょう。
大切なのは、研修を「やらなければならない義務」として捉えるのではなく、「ご利用者の安全を守るための投資」として位置づけることです。適切な研修への投資は、災害時の被害を最小限に抑え、事業の継続性を確保することで、長期的には施設の信頼性向上と経営の安定化にも貢献すると考えましょう。
