介護施設や事業所のBCP作成方法と義務化について包括的に解説。未作成のリスクからメリットまで

オンライン(動画)研修,介護ペディア,介護報酬・加算掲載日: 2023.05.30(更新日: 2025.08.19)

地震、感染症、停電、水害などの災害は突然やってきます。BCP(業務継続計画)は、こうした非常時においても介護サービスを継続し、利用者と職員の命と安全を守るための備えとして、2024年4月から、すべての介護サービス事業者に作成が義務化されました。そのため、すでにBCPを作成したという事業所がほとんどではないでしょうか。

しかし、単にひな形を埋めただけの形だけのBCPでは、いざという時に機能しません。BCPは作って終わりではなく、機能してこそ意味があるのです。

本コラムでは、BCP作成の基本から改善のヒント、明日から使えるノウハウを網羅的にご紹介します。すでに運用されている事業所も、これから開設する事業所も、「どう作り運用するのか」の視点でお読みください。

介護施設や事業所における業務継続計画(BCP)の重要性

介護事業所におけるBCPの作成が重要であるのは、法令遵守のためだけではありません。BCPは、緊急時に利用者の命を守るだけでなく、職員の安全・信頼・業務の継続、そして地域の中で選ばれる事業所づくりに直結する経営の基盤とも言えるでしょう。

BCPの定義とその必要性

業務継続計画(Business Continuity Plan: BCP)とは、自然災害や感染症パンデミックなどの緊急事態が発生した際に、介護サービスの継続または早期復旧を図るための計画書です。介護保険法の改正により、令和6年度から全ての介護サービス事業者にBCP作成が義務化され、未作成の場合は運営基準違反となります。

災害や感染症によりサービスが停止すれば、利用者の生活や命に直結する深刻な事態となります。特に介護施設は、入所者の生命に直結するサービスを提供しており、日ごろから災害予測に基づいた準備やリスク管理が必要であることは言うまでもありません。

しかし、BCPは単なる災害対策マニュアルとは違います。平常時から緊急時まで一貫したサービス提供体制を構築し、利用者の安全と職員の安心を確保するための計画として、利用者へのサービス提供だけにとどまらず、総合的な経営戦略として位置づけられていなければならないのです。

BCPの定義とその必要性

もし、BCPを作ってないとどうなるのでしょう。先にも述べましたが、現在は、全ての介護事業所にBCPの作成が義務付けられており、未作成の場合は運営基準違反となり、運営指導での指摘だけでなく、介護報酬の減算のペナルティが課されることになります。

また、緊急事態発生時にサービス提供が困難となる、利用者の安全確保ができないなどのリスクは、収益機会の損失や復旧コストの増大につながります。実際に、コロナ禍で適切な感染症対策が取れずに休業を余儀なくされた施設では、大きな減収となり、中には事業の継続が困難になったケースもありました。

もっと深刻なのは、利用者や家族、地域、ケママネジャーなどからの信頼を損なう恐れがあることです。緊急事態への対応が不十分であった場合、利用者の安全が脅かされるだけでなく、施設や事業所への不信が広がり、その後の信頼回復に時間を要する可能性があります。 また、職員の安全確保や労働環境の観点からも、BCPの未作成は大きなリスクとなります。緊急事態となった場合の明確な対応方針がないことで職員の不安が増大し、離職率の上昇や新規採用の困難につながる可能性もあるでしょう。介護業界の人材不足が深刻化する中、職員の定着率向上は重要な経営課題であり、その原因になる可能性のあるものは対策を講じておく必要があるのではないでしょうか。

BCP作成のためのガイドラインとひな形

感染症の清掃をしている職員

BCPの作成は作って終わりではなく、継続的に改善し、現場の職員に浸透させなければなりません。しかし、忙しい日々の中で、つい後回しになる、どのように改善すればよいのかわからないという方も多いのではないでしょうか。BCPの作成や見直しは以下のステップで体系的に実施すると良いでしょう。

BCP作成の基本的なステップ

【第一段階】リスクアセスメントの実施

施設が直面する可能性のあるリスクを洗い出し、発生確率と影響度を評価します。地域の災害履歴、施設の立地条件、利用者の特性などを総合的に分析することが重要です。市町村などのホームページを参考にすると良いでしょう。

【第二段階】重要業務の洗い出し

利用者の生命・安全に直結する業務から、段階的に業務を区分していきます。例えば、入所施設では食事提供や服薬管理が最優先となり、レクリエーション活動は後回しとなります。業務の優先順位付けは、限られた人員や資源を効率的に配分するために不可欠です。

【第三段階】初動から復旧までの具体策

発災時の初動対応から復旧までの一連の流れを時系列で整理し、各段階での責任者と実施事項を明確にします。特に重要なのは、意思決定プロセスを明確にしておくことです。緊急時には迅速な判断が求められるため、権限移譲の仕組みも含めて整備する必要があります。

【第四段階】資源の確保

人的資源、物的資源、財政的資源それぞれについて、平常時の準備と緊急時の調達方法を検討します。地域の同業者との相互支援協定や行政機関との連携体制構築の検討もしてみましょう。

【第5段階】計画の文書化と周知・訓練

上記をまとめ、BCPとして文書化します。必要に応じてフローや写真などを入れておくと、理解しやすい計画となります。また、作成したBCPは職員全員が理解し、実践できるよう継続的な教育と訓練が必要であり、PDCAサイクルによる継続的改善に役立てます。

具体的なBCP作成のひな形

厚生労働省が提供するひな形を基に、実務に即した形で改良したBCP構成案をご紹介します。

第1章

「基本方針」では、施設の理念とBCPの目的を明記します。利用者の安全確保を最優先とし、職員の安全にも十分配慮することを基本姿勢として定めておきましょう。また、地域社会への貢献と行政機関との協力についても方針を明示します。

第2章

「リスク分析」では、想定される災害や感染症のリスクを具体的に記載します。地域のハザードマップを参考に、地震、水害、火災、感染症などのリスクレベルを評価し、対応の優先順位を設定します。

第3章

「初動対応」では、緊急事態発生から初期72時間の対応を詳細に記載しておきます。利用者の安全確認、職員の参集基準、関係機関への連絡体制などを時系列で整理し、実行可能な対応を記載しておく必要があります。

第4章

「業務継続」では、重要業務の継続方法と復旧手順を記載しておきます。最低限維持すべきサービスと段階的な復旧計画を明確にして、代替手段についても具体的に検討しておきましょう。

第5章

「資源管理」では、人的・物的資源の確保方法を記載します。職員の確保方法、備蓄品の管理、外部との連携体制などを具体的に定めます。

第6章

「訓練・見直し」では、BCP実効性確保のための取り組みを記載します。定期的な訓練計画と見直しスケジュールを明確にし、継続的改善の仕組みを組み込みます。

ただし、実際の作成においては、各事業所の特性に応じてカスタマイズする必要があります。利用者の重症度や施設の立地条件に応じて、同じひな形をベースとしても大きく異なる内容になります。BCPは、机上の計画に終わらせず、実際の運用を想定した具体的で実行可能な内容とすることが重要です。

また、複数の事業を併設している場合には、各サービスのBCPに整合が取れていないといけません。法人として優先事業を明確にし、人員の応援体制など、それぞれの事業所間で決めておきましょう。

BCP作成のメリット

1.利用者と職員の安全確保

BCP(業務継続計画)を作成する最大の目的は、災害や緊急事態の際に利用者と職員の命と安全を守ることです。あらかじめ対応手順を決め、必要な備蓄や避難計画を整えておくことで、緊急時の混乱を最小限に抑え、迅速な行動が可能になります。

2.事業の継続性と信頼性の向上

BCPがあると、災害や感染症の流行などの非常時でもサービスを継続しやすくなり、利用者や家族に「この施設なら安心」と感じてもらえます。また、事業を中断しないことは収益面にも直結します。サービスの停止による収入減を防げるほか、BCP作成の過程で役割分担や情報共有が明確になり、平常時の業務効率やチームワークの向上にもつながるでしょう。結果として、BCPを作成することで、職員が働きやすい職場環境を整えやすくなり、人材定着率の改善も期待できます。

3.補助金や優遇措置を活用できる

BCP作成により、各種補助金や優遇措置の活用機会が拡大します。現在、多くの自治体でBCP作成を要件とした補助金制度が整備されており、設備投資や訓練実施に対する費用の支援が受けられます。

①補助金・助成金を受給できる

補助金や助成金を活用することで、コストを抑えながら事業所の防災・減災にかかる事前対策を充実させることができます。

・BCP実践促進助成金(東京都中小企業振興公社)

中小企業等が策定したBCPを実践するために必要となる基本的な物品や設備等の導入にかかる費用の一部が助成されます。

詳しくはこちら>>公益財団法人 東京都中小企業振興公社「BCP実践促進助成金 申請案内」

②税制優遇を受けることができる

事業継続力強化計画を策定し経済産業大臣の認定を受けると、税制措置や金融支援、ものづくり補助金等の加点、損害保険会社の支援などの優遇措置が受けられます。

詳しくはこちら>>中小企業庁「事業継続力強化計画」

BCPの作成のポイント:入所系、通所系、訪問系、居宅介護

通所系サービスのBCP作成

通所系サービスのBCPでは、利用者の自宅と施設間の移動を含む特殊性を考慮した計画作成が必要です。特に、利用者の送迎中やサービス利用中に緊急事態が発生した場合の対応を決めておくことが重要です。

基本的な考え方として、通所系サービスは利用者の在宅生活を支援する位置づけであるため、緊急時には利用者を安全に自宅へ送り届けることを原則とします。ただし、自宅への帰宅が困難な場合も想定され、一時的な受け入れ体制も整備しておかなければなりません。

また、緊急時の送迎車両の管理と代替交通手段の確保は、通所系特有の重要な課題です。車両の点検・整備体制、燃料の確保、運転手の代替要員確保などを計画に盛り込んでおきましょう。加えて、公共交通機関の麻痺に備えた対応、家族による送迎や他事業所との協力体制も検討しておきましょう。

通所系BCPの詳細な作成方法と実践的なポイントについては、下記で詳しく説明していますのでご参照ください。

訪問系サービスのBCP作成

訪問系サービスのBCPは、移動を伴うサービス特性と利用者の在宅環境の多様性を考慮した計画作成が求められます。職員の安全確保と利用者への継続的なサービス提供をいかに両立させるかがポイントです。

そのため、地域の災害リスクに応じたサービス提供エリアの見直しや対応策の検討が不可欠です。浸水想定区域や土砂災害警戒区域内の利用者への対応方針を事前に検討し、代替手段や一時的な避難支援についても計画に含めておきましょう。

また、訪問系サービスでは、利用者の安否確認が重要な役割となります。緊急時における優先順位の設定と効率的な巡回方法、関係機関との連携体制を整備する必要があります。特に独居高齢者や重度要介護者への対応は、ケアマネジャーだけでなく地域の民生委員や近隣住民などとの協力も不可欠です。

訪問系サービスのBCPの具体的な作成手順について解説した記事もぜひご覧ください。

居宅介護支援のBCP作成

居宅介護支援事業所におけるBCPでは、介護サービス全体のコーディネート機能を維持することが主な目的です。なかでも、緊急事態下における利用者の生活継続に必要なサービスの調整と、各事業所との連携体制の確保ができる体制を維持できるようにしましょう。

ケアマネジャーは、緊急時における利用者の状況把握とサービス調整が最優先課題となります。事業所内での役割分担と効率的な安否確認方法、代替サービスの手配の仕方などを検証し計画します。

また、情報管理システムのバックアップと復旧対策も重要です。ケアプランや利用者情報の確認、保護と継続的なアクセス確保が必要となり、クラウドサービスの活用や紙媒体での記録保管など、多角的な対策を検討しておきます。 居宅介護支援のBCP作成はこちらをご確認ください。

自然災害に対するBCPの作成

自然災害のBCPを作成は、以下を考慮して対策を検討すると良いでしょう。

自然災害リスクの特定

自然災害に対するBCPを作成する際、地域特性を十分に理解した上でのリスクの特定・評価が大切です。地域の災害履歴やハザードマップを活用し、総合的にリスクを評価します。

また、施設の立地条件と建物の特性を踏まえたリスク評価も不可欠であり、築年数、構造、周辺環境、インフラ状況などを総合的に検討し、施設固有のリスクレベルを設定するようにしましょう。特に、老朽化した施設では、建物の耐震性や設備の耐久性について正しく評価しなければなりません。

避難計画と物資の備蓄

避難計画を作成する際には、利用者の身体状況と認知機能を十分に考慮する必要があります。車椅子利用者、歩行困難者、認知症により指示理解が困難な方など、個別の特性に応じた対応方法を具体的に定めておきましょう。

避難経路の設定では、必ず複数のルートを設定し、状況に応じた使い分けができるように計画します。主要経路が使用不能となった場合の代替経路、夜間や職員数が限られた時間帯での対応、季節要因を考慮した計画なども必要です。設定された避難経路には、実際の避難訓練を通じて問題点を発見し、継続的に改善を図る必要があります。

物資の備蓄については、利用者と職員の3日分を基本とし、可能な限り1週間分の確保を目指します。食料品は利用者の嚥下機能や食事形態に応じた種類を準備し、医薬品は個別の処方薬を含めて管理する必要があります。栄養士や看護師と連携して備蓄品の選定と管理を行い、定期的な入れ替えと品質管理を徹底するようにしましょう。

また、停電対策として非常用発電設備の整備と燃料確保、断水対策として受水槽の容量確認と給水車の要請手順も重要です。これらの設備投資については、前述の補助金制度を活用することで負担軽減が可能になりますので、計画的に準備していきましょう。

自然災害対策の実効性を高めるためには、理論だけでなく実践的な知識と経験が不可欠です。また、他事業所の対策を参考にするなど、自拠点だけで完結しようとしないことが大切です。

自然災害の例

近年、全国各地で豪雨や台風による風水害、大地震など自然災害の発生による大きな被害が報告されています。自然災害による被害は、いつどこで起こるか予測が立たず、事前にしっかりと備えておくことが重要です。

介護事業者を襲った事例として、対照的なふたつの事例があります。ひとつ目は、2020年7月に熊本県球磨村の特別養護老人ホームが豪雨による河川の氾濫で浸水し、14名が犠牲になった災害です。

ふたつ目の事例は、2019年10月に発生した大型の台風19号により埼玉県で越辺川が決壊し、特別養護老人ホームが浸水し一時孤立したにも関わらず、入居者120名が敷地内の別棟に垂直避難することで、全員が無事であったケースです。

どちらも、特別養護老人ホームの近隣の川が氾濫し、施設が浸水するという災害ですが、人的被害については明暗が分かれた自然災害の事例です。

ケース1

ひとつ目のケースでは、降り続く豪雨のため、村は災害が発生した前日の7月3日午後5時に避難準備・高齢者等避難開始を発表。この特別養護老人ホームのある地域では、球磨川の氾濫危険水位を超えたため、7月4日午前3時半には避難指示が出されました。

しかし上長からの避難指示はなく、最終的には現場の職員が入居者を避難させる判断を行い、建物の2階へ避難させる垂直避難を実施したが、避難途中で施設の1階部分が浸水し、全員を避難させることができなかったということです。

また、施設の避難確保計画では、村が避難準備・高齢者等避難開始を発表すると、配慮が必要な人たちの避難誘導を始め、避難勧告・指示や大雨特別警報が発出された際には、全職員で避難誘導にあたるとされていました。

しかし、この日実際に避難指示が出されたとき、施設に駆けつけた職員はひとりもいなかったということです。

ケース2

一方で、ふたつ目のケースでは、夜勤の職員を5人から24人に増やし、施設の正面玄関にある10段の階段が5段目まで水に浸かれば避難を準備する決まりでした。

実際には水が8段目に達しましたが、雨が上がったことから避難は不要と判断していたところ、その後水かさが増え、それに気付いた職員がすぐに避難を決断。3時間かけて全員を避難させた結果、けが人もいなかったということです。

この二つの特別養護老人ホームの明暗を分けた要因は、災害への備えと対応、施設の立地と構造が異なった点です。

ひとつ目の事例の施設は、決壊した川から100mしか離れておらず、決壊後すぐに浸水しました。そのため、すべての入居者を高階層に避難させることができませんでした。

ふたつ目の事例の施設は、平屋建てと3階建ての2つの棟からなる施設でした。浸水想定区域にあることから以前も浸水した経緯があり、水害に備えた独自の災害マニュアルを策定し、毎年訓練を実施していたこと、夜勤人数を増やし避難に備えていたことが功を奏したといえます。

ひとつ目の施設が、川が決壊してからでは避難が間に合わないリスクや、避難所まで入居者や職員全員が避難するために何人の職員でどのくらいの時間がかかるのかを把握し、早期に行動を起こしていれば結果は大きく変わったはずです。

つまり、平時から災害に備えた対応を十分に検討し、訓練の実施で検証、職員に定着させることが、利用者や職員の生命を守るうえで重要なのです。

これは施設系のサービスだけでなく、すべての介護サービスに言えることです。 防災の観点から、自分の事業所の所在する地域に浸水や土砂災害など、どのような災害リスクがあるのかを把握し、利用者や職員を守るための対策を立てること。そして、サービス提供を継続するために必要な対策、サービスの休止や休業から早期に復旧し業務や事業に及ぼす影響を最小限にするための方法を書き記したものが、自然災害のBCPとなります。

自然災害BCPのポイント

  1. 施設、事業所の災害対策に関する考え方を職員全員に周知する。
  2. 自然災害発生時に、指示が出なくても従業員各自がどのように行動するべきか、基本の考え方や事業所のBCPについて周知しておく。
  3. 平時から災害対策の推進を実施する。
  4. ハザードマップなどで事業所所在地のリスクの把握、大きな被害が予想される災害について自治体が公表している被害想定などを参考にし、事業所への影響や対策を整理しておく。
  5. 被災時に優先する事業や業務を決めておく。
  6. 複数の事業を実施している法人は、自然災害発生時に優先する事業を決めておく。また、各事業での優先するべき業務内容も決めておく。
  7. 定期的にBCPの見直しをする。
    研修や訓練(シミュレーション)を通じて、BCPの検証を行い課題の抽出やBCPの評価、修正を繰り返すことで、実効性のあるBCPになるよう見直しを行う。

感染症対策としてのBCP

新型コロナウイルス感染症の経験を踏まえ、感染症対策としてのBCPの重要性が飛躍的に高まりました。感染症対策のBCPの作成は、次の視点で考えてみましょう。

感染症発生時の対応フロー

感染症発生時の対応フローでは、段階別の対応レベルを設定し、地域での感染状況、施設内での発生状況に応じて各段階での具体的な行動指針を明確にし、職員が迷わずに対応できる体制を整備するようにしましょう。

初期対応では、疑似症状者の発見から隔離、検査実施までの一連の流れを時系列で整理しておきます。特に、初動の24時間での対応は重要で、適切な初期対応により感染拡大を防止できるかどうかが決まるため、夜間・休日体制を含めた連絡体制と意思決定プロセスを明確化しておく必要があります。

感染者発生時のゾーニング(区域分け)についても、施設の構造に応じた具体的な方法を定めておきましょう。清潔区域、準清潔区域、汚染区域の設定と、職員の動線管理、物品の管理方法などは図面を用いて詳細に規定しておくとわかりやすくなります。

職員の健康管理と確保

感染症対策における職員の健康管理は、サービス継続の生命線です。職員の健康管理では、毎日の検温と体調チェックを徹底し、少しでも異常がある場合は出勤停止とするなど方針を決めておきましょう。また、家族の体調についても確認項目に含め、濃厚接触の可能性がある場合の対応も明確にしておく必要があります。

職員確保については、感染により相当数の職員が出勤できなくなる事態を想定した体制の整備が必要となります。最小限のサービス提供に必要な人員数を算定し、人員確保できる体制を作っておきます。

BCPの実施と訓練の重要性

BCP作成後の実施と訓練は、計画の実効性を確保する上で最も重要です。

机上訓練の重要性と実施方法

机上訓練は、実際の災害や緊急事態を想定したシミュレーション訓練であり、計画の問題点を発見し改善するための効果的な手法です。具体的な災害シナリオを設定し、時間経過に沿って参加者が意思決定と行動選択を行うシナリオ訓練が、BCPの訓練としてよく行われています。

机上訓練では、参加者の役割分担を明確にし、管理者、現場責任者、一般職員それぞれの視点から対応を検討することが重要です。最初はシンプルなシナリオから初めて、実践的な判断力が身につけられるようにすると良いでしょう。

訓練後の振り返りと改善は、BCPの継続的改善において最も重要なプロセスです。訓練後には、参加者からの意見収集、対応時間の測定、意思決定プロセスの検証などを通じて、計画の問題点を特定し改善策を検討する必要があります。

継続的な見直しと訓練の重要性

BCPは一度作成すれば終了ではなく、継続的な見直しと改善が必要です。見直しの観点として、外部環境の変化への対応が必要であり、地域の災害リスクの変化、法制度の改正、周辺インフラの整備状況などの変化を定期的に評価し、必要に応じて計画を更新しなければなりません。

また、内部環境の変化への対応も不可欠です。職員の増減、利用者の状況変化、設備の更新、組織体制の変更など、内部環境の変化もBCPに影響を与えます。特に職員の入れ替わりが多い介護業界では、新任職員への教育と訓練も別途必要となります。

BCP作成における課題と解決策

実効性のあるBCPにしたいと思っていても、人材確保と費用負担がネックになっているケースも多く見受けられます。

人手不足への対応策

介護業界の深刻な人手不足は、BCP作成においても大きな課題となっています。限られた人員でのBCP運用を前提とした計画作成と、緊急時の人員確保策に苦慮している事業所も多いのではないでしょうか。

最小限の人員での業務継続を可能とするため、業務の優先順位付けと効率化が不可欠です。例えば、緊急時に維持すべき業務を「生命に関わる業務」「健康維持に必要な業務」「生活の質に関わる業務」の3段階に分類し、職員数に応じた段階的な業務縮小計画を作成してみるのも良いでしょう。

外部からの人員確保については、複数のルートを確保することが重要です。法人内の他事業所や他施設との相互支援協定、人材派遣会社との緊急時契約、退職者の応援要請、家族ボランティアの活用などを組み合わせた多層的な確保策を整備します。

財政的制約への対応

中小規模の介護事業所では、BCP作成と運用に係る費用負担が大きな課題となります。そのため、限られた予算の中で実効性のあるBCPを構築するための工夫が必要となります。

設備投資については、段階的な整備と補助金の活用により負担を軽減することが可能です。最優先で整備すべき設備を特定し、補助金の申請時期に合わせた計画的な投資を行いましょう。また、近隣施設との共同購入や設備の相互利用により、コストを削減することも考慮してみて下さい。

介護事業所のBCP策定に関してよくある質問

複数の事業を展開している法人のBCPはどのように考えればいいですか

法人のBCPを最初に策定し、各事業所のBCPを策定するようにします。

不測の事態が起きた時には、業務を継続するだけでなく、事業収入を確保し雇用を守ることも重要です。そのため、法人や事業所の規模によっては、災害発生時に優先する事業とサポートに回る事業に分けて必要な員数の職員を確保します。

法人本部と各事業所の方向性や内容を整合し、あらかじめ全従業員に周知しておきましょう。

感染症マニュアルがあります。これをBCPとすることはできますか

感染症マニュアルをBCPとすることはできません。別途BCPが必要です。

感染症マニュアルは、感染症の発生を予防するための対策や感染症が発生した際に広げないための対策や行動が書かれています。

一方で、BCPは平時と同じ事業の継続が困難になるような感染症が発生した際の考え方、必要な業務を継続し、中断する業務があっても早期に復旧するための事前準備や対応方法などを具体的に記したものです。

したがって、感染症への対策はBCPと感染症マニュアルの両方が必要になります。

自然災害の被害想定は、すべての災害に対して行う必要がありますか

BCPにはすべての自然災害に対して記載する必要はありません。

市町村のハザードマップや国土地理院のハザードマップポータルサイトなどで、事業所の所在地などでどのような災害が起こりうるのかを調べ、リスクの高い災害に対して被害想定や対策を検討しておきます。

感染症と自然災害のBCPは別々に作る必要がありますか

感染症と自然災害のBCPは、組織体制など重複する部分が多いようであれば一つにまとめても問題ありません。

介護事業以外の一般企業では一つにまとめているところも多いです。ただし介護サービスでは、自然災害の被害の範囲や中断すると考えられる業務は、感染症のそれとは違いがありますので、わかりやすく整理しておいてください。

自然災害時の資金などはどう考えればよいですか

自然災害で設備などの被害が生じたときに備えて、補修のための資金調達先を確保しておかなければなりません。

建物や設備が受けた被害の復旧にどの程度のお金がかけられるのか、加入している保険の保証範囲などを確認しておきましょう。

BCPの推進体制者を災害対策委員にしようと考えていますが、毎年メンバーが変わります。BCPには氏名ではなく役割の記載でも良いですか

担当者の氏名を記載しておくことを推奨します。

従業員の入れ替わりや役割の変更などが煩雑にある場合、都度BCPを変更するのは大変かもしれません。

しかし、役割の記載では当事者が我が事と自覚を持っておらず、初動が遅れるリスクや、現場が誰に指示を受ければよいのか混乱する恐れがあります。変更があった時にはBCPの修正を行い、担当者の氏名を記載しておきましょう。

まとめ

介護施設や事業所におけるBCP作成は、必須の取り組みとなりましたが、単なる法令遵守の観点からではなく、利用者と職員の安全確保、事業の継続性向上、地域社会への貢献という積極的な意義を持つ経営戦略として捉えることが重要です。

また、BCPは「作って終わり」ではなく、継続的な見直しと改善定期的な訓練と職員の教育地域との連携強化により、初めて実効性のある計画となります。介護事業に携わる皆様には、BCPを利用者により安全で質の高いサービスを提供するためのツールとして積極的に活用していただきたいと思います。

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  • 合同会社カサージュ代表/主任介護支援専門員/
    BCAO認定事業継続管理者/産業ケアマネジャー

    寺岡 純子

    経歴詳細を見る

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